odd_hatchの読書ノート

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モーリス・ルブラン「813」(新潮文庫)

<ダイヤモンド王>と呼ばれる大富豪ケッセルバック氏は、全ヨーロッパの運命を賭けた重大秘密を握ってパリに出た。その全貌を明らかにすべく、怪盗紳士アルセーヌ・ルパンが会見したその夜、氏は何者かに刺殺されてしまった。現場に残されたレッテル”813”とは? 手がかりの人物をおそるべき冷酷さで消していく謎の人物”L.M.”を相手に、ルパンの息づまる死闘が始まる。(裏表紙のサマリー)

 出張の移動中や酒を飲んだ後にちびちびと読んだので、ストーリーが余り頭に残っていない。最初の章「虐殺」は上のサマリーの通り。ルパンものにしてはケッセルバック氏の尋問がやけに強圧的だなという印象。さて、事件はケッセルバック氏の刺殺であるが、舞台はパリの大ホテル。同時に彼の秘書など合計3つの死体がホテルで見つかる。死体のそばには「813」のレッテルと同時に、ルパンの名刺。というわけでルパンは自分の名声(これまで人を殺したことはない)を守るために活躍しなければならない。またホテルはすぐさまルノルマン警視庁保安課長によって封鎖されたのだが、犯人らしき人物は見つからなかった。
 さてルノルマンは警視庁のお偉方といっしょに事件の捜査にかかる。この描写で一章と使う。続いてセルニーヌ公爵という人物が現れ、ケッセルバック氏の持っていたダイヤモンドや大金、そして重大機密に関心をもつ。彼はルノルマン保安課長とは独自に謎を追う。彼はケッセルバック氏の部下や娘(?よく覚えていない)に近づいたり、彼が追っていたピエール・ルディックなる重要人物が死んだのを知るとみるやが生きているように見せかけるために貧乏詩人の自殺に介入したり、突然ジュヌビエーブなる娘に恋心を抱いたり。またルノルマンの部下に自分の手配をおいて、当局の捜査情報を入手する。さて、ルノルマン保管課長は大富豪刺殺事件がルパンの仕業ではないことを証明し、新たな謎の怪人L.M.の後を追う。途中、自分の読書の記憶がなくなり、なぜか部下と一緒に地下室に閉じ込められ、水が流れ込んでくるところを間一髪で脱出する。謎の怪人はルパンと取引をすることを持ちかけ、彼と一対一で会議をしているが実は罠を仕掛けていた。ルパンは再び間一髪で脱出に成功。反撃にでると、謎の怪人物は犯行を自白して死んでしまった。あいにくそこでパリ警察に包囲され、ルパンが逮捕される。ルパンがおそるべき仕掛けの真相を明らかにした。しかし、「813」の謎は解かれず、続きは「続・813」のお楽しみ。
 えーと、戦前の探偵小説作家は乱歩も含めて「813」を絶賛している。今回、再読したが、どこがよいのかさっぱり。他の長編と比べると失礼なでき。さいごのおそるべき仕掛けの真相が意外であったことによりかかった評価なのかしら。これは「黄色い部屋の謎」「赤い館の秘密」「トレント最後の事件」などの黄金時代の前の世代の長編のなかにいれておくべきではなく、「ジゴマ」のような連続活劇にいれておいたほうがよい。(と書いた後に「続・813」を読み始めたら、これもあわせての大長編であることがわかった。というわけで、2冊読まないで評価したのは正当ではなかった。まあ、自分の恥は残しておこう。)
 こういう評価になってしまったのは、この冒険譚におけるルパンがいつもダンディさを持っていないから、ジュヌビエーブとの恋愛がほのめかしにおわって、この生娘が精彩に欠けているところ(というか全然登場していないぞ)にあった。多少のくどさは我慢するから、ルパンが恋に焦がれ恋を諦めるところがでてこないと、ルパンを読んでいる気分にならないなあ。
 それにしてもルパンの組織はたいしたもので、泥棒界(なんていうものがあるかは知らないが)に多くの手下をもっているどころか、警察の内部にも部下が潜入している。兵站は完璧で、資産も充分。それでいて尻尾をつかませない。こんな優秀な組織を陰で支えているのはどんな人物なのかしら。ルパンの個人的な能力より、彼(彼女?)のほうが国家に役立つのではないかしら。

 新潮文庫の訳者は堀口大學御大。他にジャン・ジュネとかランボーとか主要なフランス人作家の作品を訳しているので、違和感はないものの、どうしてこんな通俗読み物をまとめて訳出したのかしら。1950年代には他の仕事がなかったのかしら、などと勝手に妄想したのだが、思い出した。リュパンがベストセラーになっていたころ、大學氏はパリ在住だった。当時の最前衛の詩を収集していたのだろうが、あわせてリュパンの読み物を勧められたのだろうな。今(2010年)読むと、古めかしいけど彼の訳語はベル・エポックのパリにふさわしいのでしょう。BGMはカペーやティボーのヴァイオリンにコルトーのピアノ、もしくはサティやプーランクシャンソンにするとぴったり、になるはず。たぶん。