odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

フリーマン・クロフツ「フレンチ警部の多忙な休暇」(創元推理文庫) 前半のイギリス周遊汽船ツアーという新規事業立上物語は当時としては新鮮。

旅行社の社員ハリー・モリソンは、ある男から豪華船を用いたイギリス列島巡航の事業計画を聞かされ、協力を申し出る。紆余曲折の末、賭博室を設けた観光船エレニーク号がアイルランド沿岸の名所巡りを開始した。だが穏やかな航海は、モリソンが船主の死体を発見したことで終わり、事件捜査にフレンチ首席警部が名乗りをあげる。アリバイトリックの妙で読者を唸らせる傑作長編。
フレンチ警部の多忙な休暇 - F・W・クロフツ/中村能三 訳|東京創元社

 イギリス周遊汽船ツアーを立ち上げたところ、強引に計画を進めて成功に導いた実業家が途中で立ち寄った遺跡で殺された。この人物は、詐欺すれすれの策略を用いて計画を進めるだけでなく、共同経営者に対してきわめて厳しく接するワンマン社長だった。そのため多くの人が彼をうらみ憎んでいる。別命を受けて乗船していたフレンチ警部はこの殺人事件を解決することができるのか。
 例によって、後半のフレンチ警部登場後、急激に面白さが減じてしまうという作。アリバイトリックも時刻表を使わないで、なかなか創意がある(とはいえ松本清張「時間の習俗」にも劣るのだが。それは時代ということで。これは1939年作)。
この人の弱点は、登場人物の出入りをコントロールすることができないことで、ここでも後付で重要な人物を紹介したり、重要なエピソードを付け加えたりしている。さらにはクライマックスがないので、犯人指摘あるいは逮捕のカタルシスを得ることができない。文庫本の絶版状態が長かったので購入したのだが、最近復刻されたのを見てがっかりした。まあ、本はもう資産ではないということだ。
 ひとつ興味深かったのは、前半で新規事業の立上を描いていること。弁護士がアイデアを作り、似たような事業の経験者をみつけて計画をブラッシュアップし、資金を提供する資産家をあたるなんていうのは、現在でも行われていること。「会社」で事業を行うという仕組みは、変わらないということになる。これは40歳までサラリーマンを勤めたクロフツだからできた描写。クィーンやクリスティのような会社務め経験のない作家には書けない主題だよな。


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