odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

フリーマン・クロフツ「チョールフォント荘の恐怖」(創元推理文庫) クロフツには珍しいイギリスの田舎の館ものミステリー。

法律事務所のやり手経営者リチャード・エルトンは、郊外に大邸宅チョールフォント荘を構え、再婚相手のジュリアとその連れ子のモリー、甥のジェフリィと暮らしていた。ダンス・パーティが催された夜、リチャードは何者かに後頭部を一撃され、死んでいるのを庭園で発見された。犯人は? 動機は? 莫大な遺産、怨恨、三角関係のもつれ……それぞれの動機に該当する容疑者は、フレンチ警部の捜査の結果、次々にシロとなっていく。
http://www.papy.co.jp/act/books/1-137988/

 このミステリーがクロフツの他の作と違うのは、イギリスの田園にある屋敷を舞台にしていること。弁護士事務所経営で多くの富を持つことができた偏屈な初老の男がパーティの最中に殺害された。彼のまわりにいるのは、気弱で経済的に自律していない長男、芸術家に色目を使われて不倫中の若い妻、自発性ゼロの実験係りとして雇われた若い男、病気治療費が足りなくて使い込みを行い解雇された老年の事務員。こういう動機を持っていそうなたくさんいるのに、決定的な証拠がなくて逮捕できないという状況。そこにフレンチ警部が登場し、今回は大学卒業後の新人を教育しながら事件を捜査していく。
 訳者はこの小説を「文学的」というのだが(この人はたとえばメルヴィル「白鯨」などを訳している)、そういう割には元の文章が稚拙すぎる。誰にも感情移入できないし、物語が平坦。
 1942年の作。すでにドイツとの交戦状態にあり、ロンドンの制空権を争っていた事態であるにもかかわらず、その状況はほとんど描かれない。途中に灯火管制がある言う描写くらい。そういえば同時期にカー「猫と鼠の殺人」があったな。発表時期も、舞台も、人物像もよく似ていた。どちらも著者にとっては異色作。非常に優れたとはいえないのも似ているかもしれない。

 これも文庫で品切れ中。上記のURLで電子書籍が購入可能です。


フリーマン・クロフツ「樽」(創元推理文庫)→ https://amzn.to/49Zc3Wb https://amzn.to/49YPdy3 https://amzn.to/4adwoH0
フリーマン・クロフツ「ヴォスパー号の喪失」(ハヤカワポケットミステリ)→ https://amzn.to/3PsYNAI https://amzn.to/49YPctZ
フリーマン・クロフツ「海の秘密」(創元推理文庫)→ https://amzn.to/3PuFRSk
フリーマン・クロフツフレンチ警部の多忙な休暇」(創元推理文庫)→ https://amzn.to/3PzV3NZ https://amzn.to/3TICKJ4
フリーマン・クロフツ「チョールフォント荘の恐怖」(創元推理文庫)→ https://amzn.to/3vkNBzr
フリーマン・クロフツフレンチ警部とチェインの謎」(創元推理文庫)→ https://amzn.to/3PuNNCV https://amzn.to/3wX7vRq


ジョン・ディクスン・カー「猫と鼠の殺人」(創元推理文庫) 他人を裁く冷酷な人間が殺人容疑をかけられたらどうなるか? カーの知識人論と倫理の世代間格差論を読もう。 - odd_hatchの読書ノート