odd_hatchの読書ノート

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朝比奈隆「わが回想」(中公新書)

 1985年に中公新書で出ていたものが、2002年に徳間文庫で再刊。追悼記念なのでしょう。新書版をそのまま復刻したので、バイオグラフィーディスコグラフィーが1985年までというのはいけない。1990年代の膨大な録音や海外オケの客演(とくに1995年のシカゴ響)をのせるべきでしょう。あと文庫化に当たって新書にあった写真を入れなかったのは残念。
 これは当時京都大学教授だった矢野暢を聞き手にした回想録。いくつかのポイントを書いておく。
・生まれは小島家だったが、出生と同時に朝比奈家に養子にだされる。10歳ころに父母が相次いでなくなったために、姓は朝比奈のまま小島家にもどる。このような縁組が気軽に行われていたことに注意(夏目漱石も養子にいったりもどったりではなかったかな)。「家制度」が要請するものかもしれないが、子供の養育を複数の家族で分担するというのはいい仕組み。
東京高等学校(今の何に当たるのか不明)に入学後、バイオリンを独習。東京大学にいけるもののなんとなく京都大学法学部に入学。サッカーとバイオリン三昧の日々。1908年生まれなので、1920年代の自由主義的な校風とか世情があったのだろう。師匠のメッケルに会う。
・卒業時は世界大恐慌の余波で就職難。なんとなく阪急鉄道で機関士。しかし25歳のときに「これではいかん」と思い直し、バイオリンを再習得。まだ音楽学校は教師養成を目的にしていて、演奏者の育成などは考慮外だった。
・34歳で大坂NHKの専属指揮者になる。
・大戦中には上海で当地の交響楽団を客演。その後ハルピンでオケを組織。当地で敗戦。2年かけて日本に戻る。NHKにいって指揮者の仕事を取り戻したり、関西でオケを作るなど、まあ自営業に近い立場で仕事をしていた。これは戦後のどさくさのため。組織がしっかりしてくると(NHKとか映画会社とか)、契約をしなきゃならんということで大坂市長や大企業の社長などの後援を得て、オーケストラを作る。京都大学法学部を卒業しているということが大いに役立ち、かつ交友関係をうまくつかったということかな。
 この時点で40歳。前半生が政治とか世情とからみついて、複雑な軌跡をたどり、なにか運命的なものを予感させると同時に、運のよさを思わせることになる。既存の大企業があるわけでもなく、それだけで食っていけるライバルが少ない(近衛文麿山田耕筰の大御所を除くと、ローゼンシュトックそのたのお雇い楽師。同世代は山田一男に尾高尚忠くらい)のもよかったことになるのか。このあたりの戦前から戦中にかけての「楽壇」事情はもっと聞き取りが必要だったとおもう。たとえば、上海交響楽団やハルピンのオケには亡命ロシア人やユダヤ人などたくさんいて、しかもイタリア人がバイオリンを占めていたというのだから。1920-30年代は東欧とドイツで亡命者、難民をたくさん出していたことを思い出すと、彼らの行く先を調べることも重要。かれらのように東アジアに来た人は、日本の戦争と中国の革命でもう一回紆余曲折を経験しなければならなかった。もしかしたらソヴェトや中国の収容所に送られた人もたくさんいるのではないか。その一方、現地にとどまったりもう一度亡命して新たな基盤を作った人もいるだろうし。ここら辺の情報がほしいなあ。ということを初出時にも考えていたのだが、もう存命者はいないだろうな。
 さて、朝比奈隆の音楽についてひとこと。指揮者の仕事についていろいろ語っているが、興味深かったのは、自分の指揮をオケに評価させていたこと。「今の振りでわかるか」「わかりにくかった」「ではこれではどうか」「それならわかる」「ではそうしよう」(引用はいい加減)というやり取りをオケメンバーとしていた。フィンランドのオケで「フィンランディア」を指揮するとき、「普段君たちはどのように演奏している」と尋ねてその通りに演奏させて、成功する。これは、カリスマ型ないし独裁者型の指揮者(たとえばフルトヴェングラーとかトスカニーニ)にはありえないし、教育者(たとえば斉藤秀雄)としての指揮者でもない。こんなやり方をする人はまず聞いたことがないなあ。鈴木敦史のいうように、ジャパンドメスティックなやり方で、後継者も模倣者もいない存在なのでしょう。長くなったので、ここまで。

  

 フィンランドにいったとき、ストコフスキーで失敗した「フィンランディア」を無理やり取り上げさせられ、成功を収めたというエピソードがある。この時のストコフスキーの演奏がCDになった。1953年6月17日にヘルシンキ大学のフェスティヴァル・ホールで行われた。
交響曲第1番、第7番、フィンランディア ストコフスキーヘルシンキ市響
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2011/04/01 朝比奈隆「楽は堂に満ちて」(中公文庫)
2018/04/24 朝比奈隆「交響楽の世界」(早稲田出版) 1991年