玉木正之(1952年生)が指揮者・金聖響(1970年生)にインタビューして交響曲の魅力を語るという企画第2弾。
指揮者が自分の仕事を語るというのは、朝比奈隆「交響楽の世界」(早稲田出版)や岩城宏之「楽譜の風景」(岩波新書)があるが、ここでは彼らの2世代くらいあと。前掲書が1980年代で、この本は2009年。その違いは、語られる情報量に現れる。この40年ほどの音楽学の知識の集積とピリオド・アプローチの実績が指揮者のくちからポンポンと現れる。これによって、この若い指揮者の関心は、楽譜と時代の忠実な再現が重要であって、オーケストラの慣習や伝統に逆らうこともときに辞さない。同じことは朝比奈や岩城にもあったが、彼らよりも徹底している。もちろんこれは同時代の流行にも関係していて、多くの指揮者がロマン派作品にピリオド・アプローチをとるようになり(1980年代はノリントン、ガーディナーなどごく少数)、演奏頻度の低い初稿を取り上げるようになる(ガーディナーのメンデルスゾーン交響曲全集やシャイーのブラームス全集など)。そのあたりの業界状況を知っておくといいかも。
とりあげられた「ロマン派」の交響曲作家は、
シューベルト/ベルリオーズ/メンデルスゾーン/シューマン/ブラームス/チャイコフスキー
の6人。通常だと、ドヴォルザーク、シベリウス、フランク、サン・サーンスも含まれそうなものだが、ここにはない。いずれ「国民学派の交響曲」「20世紀の交響曲」という企画になるのかもしれないが。
とはいえ、作品の読み方や解釈を劇的に変えるような発言はなく、それこそあらえびす「楽聖物語」や野呂信次郎「名曲物語」(現代教養文庫)等から遠く離れたところにあるわけではない。伝説、いいつたえが一掃されて、史実がかたられるようになったというのが目に付くところか。
以下は自分の感想。クラシック音楽を聴くようになって最初に関心を持ったのはロマン派の交響曲。でも40年も聴いていると、すでに飽きもでていて、自分の趣味が別に移っているので、昔ほど面白く読めたわけではない。そのようなバイアスがかかっていることを前提に。
・19世紀は交響曲の時代であって、なるほど多くの音楽の歴史や作品案内では交響曲が取り上げられてきた。でも、取り上げられた6人の仕事を見たとき、交響曲が最高の作品であるといえる人はいない。シューベルトは歌曲と室内楽、シューマンはピアノ曲、ブラームスは室内楽、チャイコフスキーは舞台作品のほうが交響曲より優れている(と自分は考える)。
(ベートーヴェンのあとに交響曲を書くことがいかに困難だったか、いかにベートーヴェンの交響曲がすごいかを証しだてる。)
・取り上げられた6人中4人はドイツ人。フランス、イタリア、イギリスのような文化の「先進国」では交響曲はほとんど書かれていない。オペラや協奏曲のほうが、あるいはサロン音楽の方が人気があったのだ。浅井香織「音楽の<現代>が始まったとき」(中公新書)によると第二帝政のパリではオペラに熱狂する聴衆にベートーヴェンを理解させるのには労力がいることであり、小宮正安「ヨハン・シュトラウス」(中公新書)によると二重帝国の首都ではワルツが盛んだった(ブラームスもピアノ連弾曲「ハンガリー舞曲」の楽譜の大ヒットによる印税で、売上につながらない純粋音楽をかけたのだし)。
・おもにドイツ圏で書かれていた交響曲がヨーロッパの周辺国で書かれるようになったのは、19世紀の後半から20世紀の前半。そこではドイツの作品よりもナショナリズムの賛美や高揚に使われる。
・この本を読んでの感想は、19世紀が交響曲の時代であるとか、交響曲を書くことで音楽が発展したとか、作曲家は交響曲に自分の思想を込めたとかのこれまでの言説は史実を反映していないのではないかということ。
誰が言い出したのかなあ(ワーグナーあたりか?)。