odd_hatchの読書ノート

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朝比奈隆「交響楽の世界」(早稲田出版)

 1990年ごろに指揮者が新日本フィルハーモニーとベートーヴェンブラームス交響曲全曲演奏会を開いた際に、音楽評論家の金子建志が演奏作品についてインタビューをした。あわせて、ブルックナーマーラー全般についてのインタビューもして、一冊にまとめた。1908年生まれの指揮者は80歳を超えているが驚くほど元気で、93歳で亡くなる直前まで、椅子に座らずに1時間半もかかる大曲を指揮していた。このインタビューでも記憶は正確(フルトヴェングラーと一瞬交わした会話やその情景、ドイツの著名な音楽評論家シュトゥッケンシュミットらのことを詳しく思い出す)。作品解説も的確かつ詳細。自分のように楽譜を読めずにもっぱら聞くものにとっては、とても参考になる指摘が頻出する。読みやすいので、クラシック音楽ファンは繰り返し読むことを推奨。もちろん、明治生まれで、ロシアの教師に習った指揮者の音楽のアプローチは19世紀後半から20世紀前半の趣味に基づいているところに注意。昨今のピリオド・アプローチのような軽快さや爽快さよりも、重厚さと丁寧さが重視される。対立するものを際立たせるよりも、秩序だった安定を作り出すことのほうを重視する。そのやり方にはあう作品とそうでない作品がある。出来不出来の大きい指揮者だった。(ブルックナー交響曲も全部がいいとは思えない。リリースされたCDがあまりに多いので全部聞いてはいないが、立派なのは3番と5番。4番や8番は不出来だと思う。7番もよい演奏にはならなくて、唯一1975年の聖フロリアン教会ライブがとても優れている。)


 指揮者の作品解説や解説者の補足が妥当であるかどうかは自分には判断つかないので、楽しむばかり。興味深かったのは、オーケストラへの態度。この人は「楽譜に書いてあることをする」という方針で臨む。ただ、楽譜にはそのままでは演奏できない箇所や演奏家からはあいまいになる個所があるので、そこは指揮者が判断しないといけない。スラーのかけかたとか、弦楽器の運指だとか、楽器のバランスだとか、リズムのとり方とか、演奏しやすいテンポの変化だとか。まあ、集団になったときにあいまいなままでは困るところを決めるまでが指揮者の仕事で、演奏家の領分にはなるべく立ち入らない。そうすると、演奏家が指揮者の指示にないところを補うようになって、うまくはまるとよい演奏ができる。指揮者としての朝比奈は大枠を示して、設計の方針を示すような感じ。技術的な問題点や演奏家の矜持に関するところには指揮者はできるだけ介入しないで、演奏家では判断できないときにだけ相談にのる。
 このやりかたはとても日本的だと思った。たぶん指揮者が生まれたヨーロッパの組織運営方法ではなく、昔からあるこの国のやりかたであり、この国の<システム>(@カレル・ヴァン・ウォルフレン「日本/権力構造の謎」ハヤカワ文庫)の要請で生まれたもの。なので、<システム>の構成員の中では、言葉で明確にすることがなくても、指導者の意は構成員に反映されるし、構成員は指導者の意を組んで不足を補う。うまくいくと、指導者や構成員のイメージしたもの・こと以上が達成されることがある。指揮者とオーケストラは長年の共同作業やプロジェクトの経験があるので、うまくいかなくてもある程度の水準を維持することができる。(指導者と構成員の意思疎通が悪いと、感情的な衝突があると、目も当てられないものになるけど。小澤征爾NHK交響楽団事件みたいに)。
 さて、この<システム>の共有ができていないところとはどうなるか。1996年5月16日、この指揮者によるシカゴ交響楽団定期演奏会がその例。得意のブルックナー交響曲第5番を取り上げたにもかかわらず、演奏は低調なまま。映像で見ると、演奏家はなにかをしたいが指揮者の指示がないので飛び出せない。指揮者も何かがでてくるを期待しているが演奏家からは返ってこない。両者が見合っているまま演奏が進んで、ついになにも起こらなかった。日本型<システム>がアメリカの個人主義に通用しなかった例だなあと思いながら、NHKの番組をみた。
www.nicovideo.jp
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ベルリン・フィルでは凡庸な指揮者が的確な指示をオケにだせないときは、指揮者の指示を無視してオーケストラが自分らの演奏にしてしまうそう。ベルリン・フィルは自主運営で指揮者の選択権をもっているので、そういう指揮者は二度と呼んでもらえないらしい。日本型のあ・うんの呼吸で作り上げる仕組みは個人主義の前で敗北する。)


2011/04/01 朝比奈隆「楽は堂に満ちて」(中公文庫)
2011/03/31 朝比奈隆「わが回想」(中公新書)