odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

押川春浪「明治探偵冒険小説集3」(ちくま文庫) 海外を舞台にした冒険奇談小説。20世紀初頭には情報が少なすぎて江戸戯作風。

 東宝特撮映画「海底軍艦」のオリジナルを書いた人であったり、武侠小説創始者であったりするなど高名な人ではある。横田順弥が評伝を書いている。にもかかわらず、その小説を読むことは難しかった。明治の小説全集あたりでは一部を読めたとはいえ、一般読書人には無縁であった。それが文庫本になって復刻されるというのは、なんともうれしいかぎり。まあ、初版売り切りですぐさま入手難になってしまうだろうが。収録作品は次の3編。
・銀山王
・世界武者修行
・魔島の奇跡
 さて、開巻冒頭の一編は、アラビア・アデンを舞台にした冒険奇談小説。むかしフランスのコミュニストであるポール・ニザンの「アデン・アラビア」を読んだことがあり、そこに書かれたアデンの地は、乾燥していて埃っぽく、太陽の熱気に当てられてはいるが、人の心は通わない、辺境の孤独な場所だった。異文化の真っ只中で、知人もなしに生きる男の孤独や虚無なんかを象徴する場所として、この土地が選ばれていたのだった。それはロビンソン・クルーソーにも、映画「カサブランカ」にも通じるような仕掛けなのだろう。
 春浪の時代では、アラビアの土地に行くことは非常に難しい時代で、かつその場所を知るための情報に欠けていた。日本人の心象も、南洋にユートピアを見るまでにはいたっていない。というわけで、この小説の「アデン」は上海か香港あたりをモデルにしたかと思えるような、珍妙な都市である。あるいは、伝奇小説にでてくる架空の江戸のようだ。
 そのような想像力を働かせたことを責めているわけではなく、情報の少ない中で過去の想像力によっているとはいえ、西洋風の冒険小説譚をまとめたことに驚いているのだ。そして想像力の範囲というのがどうしようもなく時代にコミットしているかというのもはっきりさせる事例になっていることにも気をつけずにいられるわけではない。
 同時代の黒岩涙香に比べると、江戸の戯作の雰囲気にずいぶん寄りかかっていて、新しさには欠けている、というのが小説の中身についての感想。どの人物も類型的で、内面や心理のあやを持っていないというのがね。こういうところに配慮した「近代文学」ができるには(あるいはエンターテイメントの小説にまで反映されるようになるには)、もう少し時代を遅らせないといけない。たぶん江戸川乱歩が出てくるくらいまでのことになるのかしら。
(逆に言うと、芥川や谷崎、佐藤あたりの大正モダニズムの作家が探偵小説よりの小説を書いたことが、逆に日本のエンターテイメント作家に「内面」を発見させたのかもしれない。)