odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

中島河太郎編「君らの魂を悪魔に売りつけよ」(角川文庫) 雑誌「新青年」で発表された短編を集めたアンソロジー。好況期に若い人たちが才能をふるった。

「永遠の女囚」新青年 1938.11.木々高太郎 ・・・ 田舎の素封家・雲井家。久衛門には別腹の姉妹がいる。姉が婿を取ってあとを継ぐところを、妹の婿に継がせることにした。この妹、たいしたモガで、結婚式を逃げ出すわ、駆け落ちして一週間でかえるわとやり立い放題。しかし姉の夫の弁護士とはよく話をする。ようやく落ち着いて実家で父と二人暮らしの嵐の夜、父を殺す妹の姿を村の青年に見られた。父は小作争議で村人と対立していたのであった。視点は主に弁護士。この主体性のないというか受身の男がはつらつとした若い娘に振り回されているというしだい。終結はどうにも「抽象的」だが、まあこの時代には難しい「愛に生きる」というやつでしょう。.
「家常茶飯」新青年 1926.04.佐藤春夫 ・・・ 「理想的マッチ」という翻訳を仕上げ、印刷所に持ち込んだが、どうしても原本の挿絵もつけたい(著作権はどうなっているのか?)。ところが本が行方不明になってしまった。そんな事件(?)に茶本という青年が出張ることになった。ああ、乱歩の「隠し方のトリック」にあった例だ。まあコントなんだが、本筋より茶本のエピソードのほうが分量がある。
「変化する陳述」新青年 1928.04.石浜金作 ・・・ とある美青年を愛玩にしている作家先生、その美青年が女優に殺されてしまった。女優の証言は変転してとりとめがない。おそるべき真相は女優の養育期にあった。まあ下手な新聞記事を読むような味気ない一編。ところで、ここまでで衆道の話が多いなあ。自然主義文学のテーマのひとつは「不倫」だったが、この反自然主義文学である「探偵小説」のひとつのテーマは「男色」なんだな。
「月世界の女」新青年 1949.09.高木彬光 ・・・ 軽井沢あたりの避暑地のホテル。旧華族の娘で女優の月子が賛美者を伴ってやってきた。月子は満月の夜に月に帰ると言い出し、肉体を見つけた人と結婚するという。その夜、衆人環視のホテルで月子は失踪。男たちは入浴中の月子の付き人・久子に怒鳴りつけられる始末。戦後になって、書き方が新しくなったなあ(まあ戦前作品との比較だが)。神津探偵もクイーンのようなスマートさ。
「彼が殺したか」新青年 1929.01.〜02.浜尾四郎 ・・・ 33歳の夫と24歳の妻。夫は肋膜をわずらい妻に辛く当たる。将校を得たときに、夫婦は二人の青年を招いてマージャンを楽しむ。その嵐の夜、夫と妻は刺殺。傍らの呆然としている青年が逮捕された。裁判は、青年の自白もあって、彼の死刑で終わる。弁護士のところに青年の告白書が届いた。そこに書かれた驚愕の真相。いやあ古いスタイル。それこそグリーン「医師とその妻と時計」1895年だな。反自然主義文学である探偵小説のもうひとつのテーマは「変態性欲」であった。この石部金吉のような法律家がこういう話を書くんだ。
「印度林檎」新青年 1947.02.角田喜久雄 ・・・ 元気な雑誌記者、駅で可憐な(死語)乙女と出会う。数回目に会ったあと、ようやく家に迎えられるが、そこで彼は怪漢に縛り付けられ、乙女が殺されるのを目の当たりにした。乙女は名の知れた妖婦で、戦争から帰還した夫とはうまくいっていのだった。戦後の発表だが、まだまだ古いスタイルだな。
「蔵の中」新青年 1935.08.横溝正史 ・・・ これは「鬼火」「真珠郎」などと一緒に感想を書きたいので、ここでは省略。
「烙印」新青年 1935.06.〜07.大下宇陀児 ・・・ 公金横領を責められた弁護士由利祐吉は、雇い主亘理子爵を殺害しようとする。彼は不良少女に金をわたし、子爵を婦女暴行容疑で警察に引き渡した。スキャンダルが落ち着いた夜、子爵は毒殺される。由利はほっとするものの、居候の倉田農学士が奇妙なことをいっては事件の捜査をしている様子をみせるのにおびえる。ついに事件の現場で背広についた草の汁のことをほのめかされ、殺意を目覚めた。というわけで倒叙推理の一作。分量のわりには中身は薄いかな。趣向は、もちろん犯人が追い詰められていくさま、そして探偵は誰かということ。後者の趣向はわかりにくかった。
△「解説・「新青年」の歴史と編集者」 1977.07.中島河太郎 ・・・ こちらが第1巻にあたるので、まず「新青年」の創刊から終焉までが簡潔に叙述される。昭和の最初の10年間は大衆雑誌の全盛期であって、講談社の出版する何かが100万部を誇った。それに対して「新青年」は最大で数万部。この差は大きいけれど、内容の特異さによって記憶されている。まあ、「少年マガジン」に対する「ガロ」かな。この比較、わかるかな、わかんねえだろなあ(そんなことは無いでしょうけど)。

 編集長の有名どころはもちろん森下雨森、横溝正史水谷準なのだが、ほかに乾信一郎がいる。編集長のあとに作家になったそうだが、自分にはポケミスの訳者として思い出す。
 あと、1980年代の雑誌ユリイカが「新青年の作家たち」、「江戸川乱歩」などという特集を組んでいるので、探してみてください。表紙、グラビアなどの写真がたくさんあってたのしい。キネマ旬報とは異なる視点の映画評や最新映画紹介などもあり、どちらかというとB級もの(たとえばトッド・ブラウニング「フリークス」あたり)に注目している。