odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

アガサ・クリスティ「ミス・マープルと13の謎」(創元推理文庫)

 作家レイモンド・ウェストの家には、警視総監、女性画家、弁護士、牧師が毎週火曜に集まる。一人しか結末を知らない話をして謎解きをする。いつも真相を当てるのは、セント・メアリー・ミード村から一歩も出たことのない老婦人ミス・マープル! 関係なさそうな村のできごとをしゃべるが、それが事件の謎を解くカギになる。チェスタトンの「奇商クラブ」が用い、のちにアシモフが「黒後家蜘蛛の会」に転用したフォーマット(思い返せば、「カンタベリー物語」などの中世からあった形式でした)。人物描写を簡略化することができるので、連作短編にはとてもあう。
 最初から6編は「火曜クラブ」の連作短編。好評だったので、ミス・マープル譚が続けられた。

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火曜ナイトクラブ ・・・ 最近女中を変えたジョーンズ家。皆で缶詰めのエビを食べたら食あたりをした。婦人の容態が悪く亡くなってしまったが、なんとヒ素中毒だった。どうやって毒を飲ませたのでしょう。

アスターテの祠 ・・・ ケルトの遺跡のあるような邸宅の一角に広場と大きな岩がある。夜、仮装パーティをしていたら、女優が岩にのって憑依した様子で「私に触れるものは死ぬ」と大見えを切る。近づいた男がばったり倒れると、彼は鋭い短剣で殺されていた。凶器は見つからない。昔の神の呪い? チェスタトンの短編にありそうな幻想的な一編。古風なトリック。

金塊 ・・・ コーンウォールの岸に沈んだ難破船に金塊が残っている。それを発掘しないかと誘われてレイモンド・ウェストはでかけていった。誘った友人は深夜に失踪、翌朝捕縄された姿で見つかる。地面にはトラックのわだちが残されているが、出て行ったトラックはない。金塊は消えていた。何が起こった。これもチェスタトン風。

血に染まった敷石 ・・・ 田舎町で画家が絵をかいていたら、敷石に血が流れているのをみつけた。村の言い伝えでは敷石の上に血をみると人が死ぬという。画家といっしょにいた新婚夫婦は一笑に付したが、翌日溺死した女性を見つける。それは妻だった。言い伝えとおりの呪い?

動機対機会 ・・・ 降霊術に凝った男が遺言を書き換えた。新しい遺言状は降霊術師に遺産を相続するという内容で、弁護士が持ち帰る直前に、それを降霊術師に見られてしまった。3か月、遺言状はなんと白紙だった。いったいいつ誰にすり替えられた? でもロバート・S・メンチン「奇妙な遺言100」(ちくま文庫)をみると、このトリックは遺言状を無効にしない。

聖ペテロの指の跡 ・・・ マープルの体験談。ある妻が夫を毒殺したという噂を立てられた。マープルが聞き込みをして、毒をみつける。英単語のヒアリングにかかわるので、翻訳による謎解きはちょっと無理。

青いジェラニウム ・・・ 病弱な婦人のところに最近知り合った占い師が「青いゼラニウムは死」という手紙を送ってきた。不安な日々ののち、婦人はなくなり、赤いゼラニウムが一本だけ青くなっていた。

お相手役 ・・・ イギリスの海岸である婦人が海水浴中におぼれてしまい、助けにいった別の婦人は生き延びた。亡くなったのはお付きのもので、助けたのは金持ち(イギリスの階級社会ではありえないようなできごと)。しばらく姿を消していた金持ちは良心の呵責に耐えかねて自殺した。この奇妙な事件はいったいなに?

四人の容疑者 ・・・ ドイツの秘密結社を壊滅させた男が復讐を逃れてイギリスに隠れ住む。姪、秘書、女中、雑用をする土地の男。このうちの誰かが、男を殺している。いったい誰か。鍵は彼らに送られた手紙。この短編を発展させたのが「NかMか」。

クリスマスの悲劇 ・・・ 水治療院(ハイドロの訳だがスパみたいなところ?)にある夫婦が湯治にきている。女中がなくなった日、奥さんが自室で殺されていた。夫が妻を殺すと確信していたマープルは夫に死体を触らせない。支配人に鍵を閉じさせ、2時間後に警官がきたとき、死体の帽子が変わっていた。大掛かりなトリック。

死の草 ・・・ 少女がジギタリス(心臓病の薬でもある)を飲んで死亡。同じ食事をとった成人は症状がなかった。でもこれは犯罪。60歳の貴族の家には複数人の相続人が集まっていた。

バンガロー事件 ・・・ 女優の話したのは自分の宝石を盗もうとした若者の話。マープルは女優が自分のことを話しているのに気づいて(みんな知っているのに)、「真相」を見抜く。

溺死 ・・・ 身重の娘が身投げした。容疑者は娘をはらませた若者と、娘にくびったけの村の男。容疑者のアリバイを一言で粉砕するマープルの一言。このしかけは長編でも使えそう。

 

 イギリスの田舎町の中産階級は夜の娯楽がないので、定期的に集まってはゴシップなどに話をさかす。ときにはゲームを楽しむ(クリスティ「ひらいたトランプ」、ノックス「サイロの死体」)。話の接ぎ穂に、犯罪が出てくるのは自然。まあ、ラジオやテレビなどが普及して、こういう楽しみはなくなっていったのだろう。1960年代になると、こういう集まりはなくなっているようで、マープルも村の外にでかけるようになる。
 作家や警視総監、画家などの上流階級や知識人が知恵を絞っても、ひとりの老嬢にはかなわない。それも共同体の中の人間観察の成果で、というのがきも。この短編にでてくるのは、共同体の中で異質なものを見つけろという謎解きなので、マープルの観察がうまくいくのだ(そう思うと、ヨーロッパ各国の人たちが乗り合わせた「オリエント急行の殺人」でミス・マープルの方法は成功したかしら)。
 チョーサー「カンタベリー物語」のような枠物語で、各人のモノローグが続くという書き方。19世紀の短編探偵小説のフォーマットに従う必要がないので、筆はなめらか。「ポワロの事件簿」より評価が高いのはそのせいだろう。
 創元推理文庫旧訳を翻訳した高見沢潤子小林秀雄の妹で、田河水泡(マンガ「のらくろ」作者)の妻。田河水泡に弟子入りした長谷川町子と教会に通うようになって受洗したとのこと。著書は多数あるが、翻訳は本書とフレドリック・ブラウン「彼の名は死」(意外な組み合わせ)だけのようだ。この経歴には驚いた。