昭和9年1934年に「講談倶楽部」に連載された長編。
いいとこのボンボンである神谷青年が銀座のカフェの女給弘子に恋したのがそもそもの始まり。カフェでいちゃいちゃしているところに、痩せ型の青年恩田が嫉妬し、弘子を付け狙う。その1年後に、弘子に生き写しのレビューの女優・江川蘭子に恋したら、またしても恩田が付け狙う。ここまでで半分。明智小五郎に出馬を要請したら、その妻・文代はなんと弘子と江川蘭子に生き写し(な、なんだってえ!!)。というわけで、恩田は今度は文代を付け狙うことになり、明智と変装合戦をするのであった。クライマックスはサーカスの虎対熊の異種格闘技戦。脂汗をこぼす明智はまにあうか・・・
今回の怪人・恩田は上記のように変装の名人であるが、容貌に行動が豹ににている。その残虐なことから「人間豹」と名付けられ、帝都市民を恐怖のどん底に落としいれたのである。古い民話・怪奇譚には人間が動物に変身したり、あるいは動物が人間に変身するものがあるとはいえ、ここでは豹が選ばれた。まあ、化け猫を思い出してよいのだろうが、時間は前後するけど1942年の映画「キャット・ピープル」を思い出すのだな。というのも、この豹の姿をする男は四つん這いで疾走するし、とらえた文代を全裸にして熊の毛皮に押し込めるなど、どうもエロティックな欲望があるのだ。
それに、この人間豹は明智の行く先々を先回りして、鉛筆の走り書きで手紙を送る。「君にはわからないだろう」「追いつけるものなら追いついてみよ」と挑発し、変装して明智に接触しては逃げだし、遠くから笑いをあげているというのは、明智を恋人のように思っていて、早く到来するのを待っているのではないかな。明智もじだんだをふみつつも、人間豹が先回りをして、手の届きそうで届かないところにいるのを心待ちにしているようだし。まあ、明智と人間豹はライバルであるというより、むしろカップルであるのだよなあ。
まあそんな具合なので、探偵小説趣味はツマみたいなもので、むしろサイコパスの連続殺人を描いたサスペンス小説なのだ、ということでOK。それに上記のような、探偵と悪人のプラトニックでエロティックな恋愛を楽しむことになるのかな。
もうひとつは、乱歩のカーニバル趣味。戦前の浅草の賑わいがまだ残っていて(あるいは乱歩の想像の上にしかなかったのかも)、この界隈の雑踏を楽しむことになる。レビュー劇場に追い詰められた人間豹は蘭子を抱えたまま舞台に登場するし、浅草のサーカスではテントを使って上へ下への追跡劇をするし。それをたくさんの観客が眺めている中を警官が追い掛け回すというシーンが繰り返される。こういう祝祭、カーニバル、演劇、ハプニングというのが物語を生き生きとさせる力を持っている。なるほど、最終場面は巨大風船にのって人間豹が空中に消えていくのであって、日常を壊すイメージを喚起。あんまり使いまわしたので、今では笑いの対象になってしまったけど。
作者の「怪談入門」というエッセーによると、この小説は黒岩涙香「怪の物」と村山槐多「悪魔の舌」の着想を借りているとのこと。前者は東雅夫編「ゴシック名訳集成」(学研M文庫)で、後者は鮎川哲也編「怪奇探偵小説集 2」(ハルキ文庫)で読める。
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