科学思想史研究者と稀代の好奇心の持ち主が、「落下」をテーマに語りつくそうという壮大なテーマに挑み、見事に成功。この長い対談を読むことによって、西洋の思想史および力学史を通覧できるというのだから、なんてお得なんでしょう。
章立ては以下のとおり。
「まえがき 「哲学の落下」と「美学の影」に寄せて
第1章 はじめに落下ありき?落下の人類史 神話・想像力・科学
第2章 天上界と地上界が繋った?落下の科学史 アリストテレス・ガリレオ・ニュートン
第3章 アインシュタイン:神の物理学?落下の同時代史 ゆがみ・触覚・統一場
第4章 別の宇宙に落ちる?落下の未来史 無重力・ブラックホール・他世界
あとがき 落下文明から浮遊文明へ」
まず最初にあるテーゼは、人は「落下」をずっと問題にしてきた。落下はたんに物理的な現象をさすのではなく、精神とか心理とかのメタファーにもなっていて、落ちることの恐怖があった。その克服のために神話で飛翔のテーマがあったりしたし、一方落ちてこない太陽、月、星などに強い関心を持っていた。落下する人間と落ちない天上。それを理解し、できればコントロールしたいというのがこの2000年間の西洋思想史のモチーフになっている。こういう認識を前提に話を進める。全体は3部構成で、上記のようにアリストテレスからコペルニクスまでの古代から中世、ケプラーからニュートンまでの近代、アインシュタインから現代の宇宙論まで、という具合。その中で落下という現象をそれぞれの時代でどう認識してきたかということで力学、天文学研究およびガリレオ以後の科学者の思考方法とその成果が簡潔にまとめられる。高校の物理学を復習しているようだ。図もたくさんあって、理解を助けてくれる。そこに、文学、神話、思想家など多数の作品や人名が現れ、それぞれの社会の説明もあり、文明論まで話が広がるという具合。「落下」という一ワードからこれだけ多彩な話題をつむぎだした二人に驚愕と感謝。現役の高校生、文系の大学生の必読にしたいくらい。知的背伸びをしたいひとたちには格好の本。
個人的には、ダンテ「神曲」のストーリーを図解しているのが◎。あの長い詩の内容を10分くらいでスキャンできてしまうのがうれしい。なるほど、ダンテは森で迷ったあと、地球の中心にある地獄に向かって下降し、煉獄をとおって向こう側に行き、天使とともに天上界にいったのだった。「Lost in Space」という駄作映画で、爆発する惑星の引力に宇宙船が逆らえないから地球の核にめがけて突っ込んだのは、「神曲」のパクリか?(そんなわけない)
でもって、あとがきを読んで驚くのはこの長い対談がたった一日で行われたことかな。7時間、ほぼぶっ続けで語ったのだって。それも簡単なメモを片手にするだけで。あとで念入りな推敲と編集を行った縁の下の中の人(あれっ?)にも拍手。