1986年に雑誌に連載したものを1987年に出版した。このころは景気がよくて、おしゃれな店ができて、新しい家電製品を買おうとし、テレビ番組が刺激的で、雑誌の新刊が楽しみだった時代だ。まあ、TOKYOが世界の最先端にあるとされていて、輝かしい電飾の下で若者が遊んでいたのだった。そのようなときに、とても「後ろ向き」な本がでた。「路上観察」を提唱したおじさんたちは東京の路地やら裏町などを歩き回り、過去の遺物を見つけようとする。そうすると、この狭苦しい東京にも江戸と明治と戦前の物件や商売が残っているのが次々と発見できた。それがとても人間臭くて、ネオンやガラスの色彩と光沢についていけない俺のようなものにはとても魅力的に見えたものだ。
のちに劇映画「機動警察パトレイバー The Movie」1989年ができて、松井刑事たちが廃墟となった東京をさまよいあるき、さまざまな古い建物を観光する。そのときには、この本などにでてくるたくさんの建物がそっくり登場して仰天しましたよ。
二人は東京の路上観察の本をいくつも上梓していて、たとえば
荒俣宏は「日本妖怪巡礼団」「怪奇の国ニッポン」「異都発掘」「風水先生」集英社文庫、ほか多数
藤森照信は「建築探偵の冒険」ちくま文庫、東京建築探偵団「建築探偵術入門」文春文庫
などがある。一時期、五反田や池袋に住んでいた時には、これらの本を参考に、都内の繁華街ではないところをうろついたりしたものだ。たぶん「東京路上博物誌」はこの種の路上観察の最初に当たる本で、ネタの仕込みが豊富。短い文章を集めたもので、テーマになったものを羅列すると
・ビルの装飾オブジェ、農林水産業、皇居、動物園、植物園
・銅像、二宮金次郎、富士山
・地下道、地下鉄
・銭湯
・田園都市、文化村、同潤会アパート
・化石商店
・異国趣味
などなど。これらは上記ののちの本でさらに掘り下げられているので、この本のあと続けて読むとよい。ついでにいうと、「東京路上博物誌」は写真と図が豊富なせいか文庫になっていない。ぜひとも電子書籍になってほしいと願う。
さて、このバブルの時代にはこのようなアナクロな本がある一方で、「都市論」「記号論」が流行っていた。おしゃれでスマートで近未来な現代と都市TOKYOを読み取ろうという試みだった。こちらの路上観察が都市論と異なるのは、現場・路上にこだわり、フィールドワークをするところ。古いものや消えようとしているものは減価償却の終わったものといえるが、それを記述し残そうとする情熱に路上観察は支えられている。ものにまつわる歴史やものからの語りかけに敏感になろうとする目玉と足の趣味、学問であった。これらの情熱とか目玉を持たない都市論はさて35年を経て、再読できる本を残しているかしら。
「路上観察」を同じ時期に実践した人がもう一グループある。赤瀬川源平や南伸坊など。こちらの発見は「トマソン」に代表。本には「超芸術トマソン」、「トマソン大図鑑 空・無の巻」(ちくま文庫)、「東京路上探検記」(新潮文庫)など。振り返ると赤瀬川はアートや意味にこだわって、歴史や物の問いかけには重視しなかったようだ。藤森や荒俣のはより学術的といえるか。自分の気質は後者の方にあっていたので、こちらの「路上観察」のほうを好む。
あいにくバブル後期に地上げにあったことと、高度経済成長期から50年たって建物の経年劣化による建て替えがひつようになったので、これらのバブル時代の「路上観察」で見出した物件は21世紀にはほとんど残っていない。原宿の同潤会アパートも平凡なショップに入れ替えられてしまったし。墓誌を見るような心持で、この本を21世紀に読みなおした。