odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

松本清張「日本の黒い霧」(文春文庫) GHQの内部資料がほとんど公開されていなかった時代の「権力は怖いがスパイに気をつけろ」というGHQ陰謀論。

 1950年前後の占領統治下にあった日本の奇怪な事件をレポートした著作。下山事件帝銀事件伊藤律の除名、松山事件、朝鮮戦争の勃発など。多くの場合、GHQの陰謀があるのではないか、GHQ内のG2(参謀部)とGC(民政局)の確執に原因があるのではないか、という憶測が述べられている。
 書かれたのは1960年前後。事件が起きてから10年目で、サンフランシスコ講和条約締結による独立の承認がでてから8年後。このころはGHQの内部資料がほとんど公開されていなかったので、内部の確執については知られていなかった。また朝鮮戦争を境にして、担当者がごそっといれかわった。単純には、占領直後はニューディール政策を支持する若い民主主義者でリベラル政策の実験を行ったのだった。戦争がはじまると彼らは戦争政策に反対し、入れ替わることになったのだ。対日政策が変更された理由も明らかにされていなかった。そのために大きな反響を呼ぶことになる。日本的なあり方ではない権力内部の陰謀が当時の読者には衝撃的であり、なまなましい。
 今となると、GHQの内部事情がわかってきたので、著者の憶測も推理を進めすぎたかなというところが出ている。下山事件で著者はGHQの列車が死体運搬に使われたと推測しているが、その後のGHQの列車運行表の調査により該当車両がなかったことがわかっている。それはしかたのないところ。
 面白いレポートなのだが、読者としてみると、教訓というか生活の見直しで自分のためになるところがないのが問題。権力は恐ろしいぞ、殺人をものともしないぞ、極左集団も恐ろしいぞ、スパイが身辺にうようよしているぞ、そんな皮相な感想しか生まない。それは新聞記者出身の著者の限界かな。この本を読んでも、政治とのかかわり方、国家のあり方についての考察が始まるとは思えない。(この本の横にジョン・ロックの「市民政府論」などを置いておかないといけないのだろうな)

  

 すこし余談話。北九州市松本清張記念館がある。そこには、彼の自宅がそっくり移設され、蔵書をみることができる。2階建ての木造建築にたしか3か所の書庫があって、たぶん1万冊くらいがあったかな。彼の生年と活躍時期からすると当然だけど、ほとんどの本は昭和30-40年代に出版されたもの。推理小説はあまりなくて、歴史書美術書・辞書・辞典の大きな本がたくさんあるのが印象的だった。2階の書斎には木製の事務机のようなのがあって、机の上には傾斜台がおいてある。よくマンガ家のデスクにおいてあるようなもの。原稿用紙に万年筆で書くとき、ひじや手首の負担をなくすためなのでしょう。机、いす、床のカーペットには煙草の焼け焦げがたくさん。
 今日の目で見ると、蔵書の数はさほどないな、歴史書美術書・辞書・辞典はインターネットの検索機能を使いこなせば所有する必要はないな、PCを複数台もって仕事ごとに使い分ければ便利かな、とカイゼン案がいろいろ浮かんで、そのアイデアをこねくり回すのが楽しかったです。