初出は1992年。2002年に改訂。1945-1952年の占領時代をまとめる記述。ここでは占領統治を担ったGHQは主題から外れている。なので、民生局と参謀部の確執とか、マッカーサーのパーソナリティとか、経済政策など興味あることがたくさんあるが、一切割愛。それは同じ著者の「GHQ」岩波新書で補完する必要がある。こちらも読んだことがあるけど、あまりに前のことなのでわすれてしまった。
序章 沖縄・北方領土からの視点 ・・・ ソ連は「北方四島」を武力占領していて、現在に至っても返還していないからこの国の占領は終わっていない。沖縄は直接統治であったので、この国は分割占領であり、直接統治されたのである。
第1章 占領体制の成立 ・・・ アメリカでは占領政策の検討は1942年から開始された。1945年8月のポツダム宣言受諾による降伏はアメリカの予定よりも早かった。そのために占領体制初期には混乱があった。まず国務省・陸軍・海軍の意見不一致、マッカーサーとニミッツの不和(そのために沖縄はニミッツの海軍統治下におかれる)、ソ連・イギリス・中国などの占領関与など。関係者の思惑が多様であったが、駐留したマッカーサーの意図が最も強く政策に反映された。もちろんその組織内部でも民政局(GS)と参謀2部(G2)の確執があったりもした。他にもニューディーラーと反ニューディーラーの衝突など。それでも、計画当初からの間接統治は本土では貫徹された。
第2章 象徴天皇制への軌跡 ・・・ イギリス、ソ連、中国、オーストラリアの各政府やアメリカの世論では天皇を戦犯とみなし裁判にかけることを要求していた。一方、占領当事者たち(GHQや米国務省など)ではそのようにした場合のこの国の国民の反発を危惧していた。判断は容易になされなかったが、1946年に戦犯容疑から外される。その際には、この国の政治家・皇室の働きかけがあった(その成果が1946年1月1日の「人間宣言」)。これとは別に、皇室財産処分なども検討されていた。
第3章 政治犯釈放の一〇日間 ・・・ ポツダム宣言受諾後も法務省及び警察は政治犯の釈放を実行しなかった。三木清の獄死および占領軍の調査によって、政治犯解放の運動が開始される。ここでは10/1-10までを詳述する。この政治犯釈放の運動で朝鮮人の活躍がめだった。政治犯の一人である羽仁五郎はこの国の人が釈放時に来なかったことをのちのちも批判している。あと、釈放後の日比谷公園での大集会は堀田義衛「奇妙な青春」に詳しい。
第4章 レッドパージ前史・横須賀事件―全進労忠誠署名事件 ・・・ 1949年4月から半年ほどの横須賀で起きたアメリカ海軍が労働組合員への忠誠書名を要求したことを拒否した事件。組合長が逮捕され、弁護側証人にGHQ労働課課長が立つという事態になった。1949年は冷戦構造の始まった年。忠誠書名はアメリカ本国の公務員に対して行ったことと同じ。要は共産党員でないことを証明し、拒否したら自動的に党員であるとみなす。場合によっては解雇するという内容。
第5章 レッドパージ ・・・ 1950年にGHQの指導で行われたレッドパージについて。労働組合、公務員から共産党員を解雇すること。背景には、1)冷戦構造、2)朝鮮戦争、3)アメリカのマッカーシズム、4)総選挙での共産党の躍進(議席35)、5)共産党指導の労働運動、農民運動があること、など。あわせてドッジラインの緊縮財政のために不況であり、企業では人員削減の要望があり、便乗馘首も行われた。自分の注目するのは、アメリカの良心的証言拒否(リリアン・ヘルマンなど)とどう対比するかという問題。アメリカの「押付」(たとえば憲法)に反対する人はこの「押付」をどの評価するのかというところ。思想・信条の自由を法令で制限することが正しいかというあたり。
第6章 政治改革―昭和二〇年衆議院議員選挙法改正とGHQ ・・・ 1946年4月の第1回総選挙について。面白かったのは、1)GHQはアメリカ式の選挙制度を押し付けなかった、2)とはいえ現在の制度とは異なるルールがあった(連記など)、3)選挙が実施されなかった地域があり、現在(2013年)の領土問題が起きているところと一致する(著者はこの国の政府のねばりが足りないという)、4)総選挙と(戦犯容疑者の)公職追放が同時期に進行、あたり。重要なのは、婦人参政権が確立したこと。市民の側から見た総選挙の様子は小田実のエッセイに詳しい。
第7章 戦後警察改革構想―「民政ガイド」を中心に ・・・ アメリカは敗戦以前の1944年から占領政策を検討していて、「民生ガイド」にまとめた。これが中央、地方の民生担当者のガイドになったし、起草者が実行者として来日していた。なので、重要という話。さて、警察改革の内容はここでは詳述されない。民政局(GS))と参謀部(GII)の間の確執があり、一時期は自治体警察ができた(羽仁五郎が絶賛)のだが、そのことは触れられない。
第8章 戦後労働改革構想―「極東委員会一六原則」の成立まで ・・・ 同様に民生ガイドをもとに労働改革構想をみる。戦前の上からの組織化はすべて廃止、下からの組織化である労働組合の結成促進は早いうちからの方針だった。もちろん共産党などの政治組織による革命運動の温床になることは阻止。
第9章 戦後教育改革構想―民主教育へのいざない ・・・ 同様に民生ガイドをもとに教育改革構想をみる。われわれは個別に起きたこと(教科書の墨塗り、武術の禁止、など)を重視しがちだが、教育改革の全体構想をみるのは重要。
第10章 戦後デモクラシーと英会話―「カムカム英語」の役割 ・・・ 下からの民主化運動、グラスルート・デモクラシーの実践例として、「カムカム英会話」放送と聴取者の自主団体「カムカムクラブ」を紹介。
終章 戦後民主主義の検証 ・・・ それをするために占領政策を研究することは必要。個別問題の掘り下げ、比較研究、ソ連(ママ)中国など他の戦勝国の占領政策案、領土問題など。
この種の記述をするときには、通史にするか、問題別にするかわかれるのだが、ここでは問題別の章立てにした。そのために、占領から講和条約までのできごとはほとんどかかれない。それらはほかの本を読んでおかないといけない。また、警察、労働、教育の問題も実際の施策にはまったく触れない。自分としては経済政策とハイパーインフレや復興事業、通貨変更などにも興味があるが、これは一切なし。このように400ページを超える本であっても、不足していることは多々あるので、この本を最初の一歩にして、ほかの本で埋めないといけない。そうなったのは、執筆前後に失明したという事情もあるのだろう。他分野を包括的に叙述するには、不便が多すぎたのだった。
あとは、占領時代の雰囲気はこのような学術書だけではどうにもとらえきれない。そうすると、占領中に作成された映画、小説などが参考になる。峠三吉「原爆詩集」、椎名麟三「永遠なる序章」、堀田善衛「奇妙な青春」、井上ひさし「下駄の上の卵」、大江健三郎「人間の羊」、などかなあ。太宰治、坂口安吾、開高健、小松左京にもありそうだけどタイトルを思い出せない。林達夫「共産主義的人間」、阿波根昌鴻「米軍と農民」、小田実「旅は道連れ、世は情け」も。黒澤明「素晴らしき日曜日」「野良犬」とかも。映画は全然あげられない、情けないなあ。「語りつぐ戦後史」はインテリたちの敗戦と戦後体験を集める。