odd_hatchの読書ノート

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赤塚行雄「戦後欲望史 60年代」(講談社文庫)

 表紙は、上段がビートルズ(左からジョージ、ポール、リンゴ、ジョンと思うが自信がない)。下段は左から植木等、デビィ夫人、不明、岸信介、背後に全共闘のバリとゲバ棒写真。

 サブタイトルが「黄金の60年代」とあるわけで、この時代をそのように規定する考えは1980年代にはあったわけだ。念頭にあるのは高度経済成長と所得倍増とこの国の自信を取り戻すイベントがあったから、ということかな。とりあえずその切り口にのってこの時代に起きたことをまとめてみると、
1.高度経済成長。この成長がなぜできたかについてはほかの書をみるべき。それが実現できた背景は、(1)企業の利益や公共投融資が資産(敷地建物、機械、設備など)に投資された(その分公共サービスは後回し)、(2)現場の技術力、(3)教育され組織の命令に従順で低賃金に文句を言わない労働者が大量に供給、(4)大量融資が可能な金融機関と財務政策、あたりにあると思う。あと、一流高校→一流大学→一流企業という人生設計モデルができたことも重要。伊藤修「日本の経済」(中公新書
2.ベビー・ブーマーが社会にでてきた。最初のベビーブーマー(1946年生まれ)が社会にでるのは中学を卒業した1962年から。以来、この世代が個体数の多さでもって、さまざまな圧力をかけていくことになる。
3.それに伴う人口の大規模な移動。戦争以上の規模で人口の大移動が発生。都会の人口過密と地方の過疎が進行する端緒。
4.高等教育への進学率が上昇。60年代初めのころは中卒が「金の卵」と称揚されたけど、資本の側からは優秀なエンジニア、マネジメント力を持つ中間管理層がほしいとなり、大学が急増。また戦争を生き延びた親たちも息子たちの進学を支える経済基盤を持てるようになっている。
 それでも犯罪は起こるわけで、無理やり図式化すると前半は貧困を原因とするもので、誘拐事件に典型。後半は意味を求める犯罪。当人にも犯行理由を説明できなくなり、家族内殺人や劇場型犯罪が登場。
 本書のほとんどは、若者(ベビーブーマー)の異議申し立て、叛乱、対抗的アイデンティティについて。ときには反戦高校生との討論が長く収録されている。ここでの図式はこんな感じかな。
・戦争を体験した親の世代→戦前の父権主義が敗戦で徹底的に粉砕され、といって戦後民主主義のモラルを子に伝えることができない。
・子の世代(ベビーブーマー)→人生とか存在の意味の喪失。それを埋めるイデオロギーがないか乱立。高度経済成長で貧しさは脱しているが、やることがないので退屈。まあ意味の喪失と退屈がこの時代の子供の感情とか情念なのだろうね。
・組織(企業、教育機関、官僚など)→「追いつき追い越せ」モデルで驀進中。システム異常に対しては強権で鎮圧。それぞれの主張とか情念とかがぶつかり合って爆発したのが、60年代後半の大学ということになる。
 著者の分析にもあるように、組織に反抗する政治的人間はごく少数。ただ、抑圧を感じていて(そりゃそうだ、狭い家、ごちゃごちゃに詰め込まれた学校、遊戯・文化施設の不足、十分な小遣いもなかった、となると路上にたむろするしかないか)、簡単なアジでヒッピーや生活享受、知識人志向の学生が集まることができた。まとまりのない集団が過密状態で、ストレスを感じると、小さな刺激で大きな反応を示した。こんな感じかな。当事者でないので、よくわからんけどね。
 ポイントは政治運動であることよりも、意味の充実を求める欲望であるということかしら。政治運動としての失敗は橋本克彦「バリケードを吹きぬけた嵐」(朝日新聞社)学生運動研究会「現代の学生運動」(新興出版)あたりをみてもらい、意味の充実に関しては笠井潔「熾天使の夏」(講談社文庫)をみてもらうとするか。
ああ、ここには公害被害者と強制代執行による被害者と人種差別はすっぽり抜けている。もちろんそれは「欲望」をいう視点からこの事件というか状況を見るのが難しいので。なので、こちらは別書で補完しておかないといけない。

赤塚行雄「戦後欲望史 4・50年代」(講談社文庫) - odd_hatchの読書ノート