odd_hatchの読書ノート

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ジョン・サマヴィル「人類危機の十三日間」(岩波新書) 1962年10月キューバ危機に対応したアメリカ政府の対応をほぼそのまま収録した戯曲。

 「ジョン・サマヴィル教授の戯曲『危機』The Crisis の訳である。主題は一見してわかるように、一九六二年のいわゆるキューバ危機を扱った半ドキュメンタリー・ドラマ。キューバ危機とは、一九六二年十月に突発した、文字通り世界が全面核戦争、一触即発の危機におののいた事件であるが、なんといってもすでに十三年前のことである。わたしたち年輩のものならともかく、若い読者諸君にとっては、もはやそうピンとは来ない話題かもしれぬ。この戯曲のもっぱら基礎資料になっているのは、故ケネディ大統領の実弟、これも反動の凶手に倒れた故ロバート・ケネディの残してくれていた忠実な記録である。したがって、スティーヴ、ロイスの両人をめぐる脇筋を除いては、すべて事実通りであり、ほとんどフィクションはないと考えてよい。ただ、なぜ原作者の教授が戯曲の形にしたか、そこまでのことは推測を出ないが、おそらく「まえがき」にもある「現代政治と現代演劇とが、その現実への連帯を示」すべきだとする作者の信念が、そうさせたものと思える。(訳者「中野好夫」あとがきより)」
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 事件から数年たってホワイトハウスで起きたことの資料が公開された。それをもとに戯曲を作った。登場人物は役職で呼ばれる(「大統領」「司法長官」「CIA長官」など)が、その発言内容は資料に一致している。したがって、ホワイトハウスの中でだれがどのような発言をしたか、どのような議論が進んだのかは史実に忠実であるだろう。そこに秘書と大学生インターンを追加させ、第三者ないし著者自身の考えを代弁させている。
 通常、「キューバ危機」はソ連キューバに核ミサイル基地をつくったところから始まる。でも考えてもみたまえ、というのがこの本で語られる。すなわち、ソ連キューバに核配備を準備する前に、アメリカはトルコや西ドイツに核を配備していた(たぶん韓国、フィリピン、沖縄などにも核は配置されていた)。領空侵犯の偵察飛行を行ったのもアメリカだった。キューバには以前からアメリカの軍事基地があり、当時稼動していた。しかも前年にはアメリカの援助を受けたゲリラの蜂起がキューバで起こり、失敗している。またこの事件ののち、アメリカはキューバの砂糖を輸入禁止措置にしたが、キューバのほぼ唯一の輸出品である砂糖が売れなくなったために、キューバは困窮した。それに経済支援したのはソ連だった。実際のところ、先に挑発したのはアメリカだった。
 という事実をもとにして、作者の代弁者である学生は語る。なぜソ連の核配備が悪であり、アメリカのそれは善であるのか。ソ連アメリカの近傍に基地を作ることは許されず、アメリカはソ連の近傍に基地を作ることが許されるのか。まだこのときにはウォーレンスタインの「帝国」概念はなかったと思うのだが、ほぼ同じ内容の「帝国」があることを指摘していることに注意しよう。ほかのさまざまな戦争においてアメリカはこのときと同じ論理で自己を正当化してきた。結局のところ、フレシチョフが妥協して事なきを得た。フレシチョフと同じ決断をしなかったベトナムは長い戦いになった。
 人間が絶滅戦争を実感したほぼ唯一の出来事になる。この危機と翌年の大統領暗殺によって、「帝国」とその傘下にいることによる繁栄、および帝国への信頼などは崩れる。すぐあとに、公民権運動の全国拡大、スチューデントパワー、ヒッピームーブメントなどが始まり、不健康で不安で反体制的な時代になる。

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