1960年代に小学館がカラー版名作全集「少年少女 世界の文学 1〜30巻」を出していた。そのうち2冊を親が買い、小学生の時に繰り返し読んだ。一つは日本のもので、宮沢賢治「風の又三郎」に黒岩涙香「死美人」があり、イギリス編にはスティーブンソン「宝島」と「不思議の国のアリス」、「ベオウルフ」が載っていた。それぞれに写実的で美しい挿絵がのっていて、小説のタイトルと一緒にその絵を思い出すことができる。「ベオウルフ」では見開きでグレンデルの手を後ろ手に絡める甲冑姿のベオウルフ、竜の炎にあおられる老いたベオウルフなどが印象的。(古本屋で入手したので、挿絵を公開しよう。)
そんな思い出のある話だったので、岩波文庫で出版されたときにすぐに読み、再読した。
古英語で書かれた文書としては最も古いもののひとつで、8-10世紀にかかれたものらしい。現在に残る写本は11世紀のもので、過激な論者のなかには現存写本がオリジナルと主張するものもいるとの由。こういう本に関する裏話を聞くのは楽しい。彼の国も周辺諸国に侵攻されたり占領されたり、内戦があったり宗教間紛争があったりしたはずで、つまりは紙やら子牛皮なんぞで作った「本」は簡単に消えてしまうのだった。それが千年の間、人の手によって保存されたことに感動する。
さて舞台は、デンマーク(デネの国)。優秀な王が統治していたが、次代の王の御世になると怪物グレンデル(上の「少年少女世界の文学」では鬼でした)が跳梁跋扈し、デネの国の人を苦しめる。勇士が退治しようとしたが、暗闇の戦いで全員が打倒される。その噂を聞いたイェーアト人(今のスェーデン南部)の勇者ベーオウルフが名乗りを上げ、見事にグレンデルを倒すことに成功する。機知も使ったのだが(光に弱いと考え、松明の炎で怪物の力を衰えさせた)。喜びもつかの間、今度はグレンデルの母が復讐に立ち上がる。またしても勇者ベーオウルフは名乗りを上げ、今度は怪物の母の住む沼の中にはいり、見事仇を倒す。この功績によりベーオウルフはデネの国の王となり、イェーアトの国と有効な関係を保った。しかし幾星霜の月日が流れ、老いが英雄を訪れる。そして今度は竜が現れてデネの国を荒らした。竜を倒す勇士はいないかと呼びかけたが誰も応えない。そこで、ベーオウルフは最後の奉公とばかり、老体に鞭打って竜に挑む。堅い皮膚、口から吹く炎、尾の激しい打撃その他の攻撃でベーオウルフはまさに倒れんとする。そこに若い英雄がやってきて、新たに作らせた鋼の楯で熱線と炎を防ぎ、ベーオウルフがグレンデルの母を倒したときに奪った宝剣でついに竜を退治する。しかしそのときベーオウルフの命は尽きる寸前で、竜がためていた宝のうち見事な宝剣だったか冠だったかを見て息絶える。そして若い英雄の指示によってイェーアトの見える崖で荼毘にふされたのだった。
前半は聡明で勇敢な若い英雄が、後半に入り老いてくると暗愚で慎重な王に変わる。そのために、後半に竜が現れると、ベーオウルフに従う家臣はいなくなってしまった。解説によると、これは当時の民話や伝承などにみられる英雄の性格付けであるらしい。東洋の英雄伝説で英雄や王がどのような性格付けをされているのかを比較してもいいかもしれない。この国の英雄、スサオノにしろヤマトタケルにしろ義経にしろ若くして亡くなるか、舞台から退場してしまうからなあ。
あとグレンデルはカインの末裔であるというのがおもしろかった。キリスト教道徳の影響はすでに現れていて、これ以外にもいろいろ見つかるとの由。まあ、自分にとっては教訓話として読むのでなく、英雄の冒険を楽しんだから、深く追求しないことにする。