レミンガムはある夜、雨燕の誘いで、水星に行く。この世界の異人であるレミンガムは身体をなくした霊となって、英雄同士の一大抗争をことごとく見届け、重厚絢爛たる文体で地上の人々に伝えた(という設定は物語の冒頭ですぐに忘れられる)。
水星はイギリスの古代から中世の世界に相似しているとでもいうか。地図がないので位置関係は把握しかねるが、以下の諸王国(ランド)が友好関係と敵対関係を変えながら、長く治めている。予言や占いは未来を正確に予見し、それには抗いがたい。魔術はあれど、その技術の習得は困難かつ危険であり、生涯になんども使えるものではない。そこで対抗手段はおのずとわが身とわが腕に限定されるのであり、内燃機関のない世界(産業革命以前)では移動は徒歩によるしかない。
水星にある諸国。
デモンランド(修羅国): 英雄たちの国。ジャス王。スピットファイア(吐火卿)、ゴールドリイ・ブラスコ卿(二人はジャスの弟)。ブランドック・ダーハ卿。
ウィッチランド(魔女国): ゴライス家が代々支配する強国。ゴライス11世死去ののち、ゴライス12世が即位。修羅国に敵対。コオランド、コリニウス、コーサスの勇将。ゴブリンランドから亡命したグロ(参謀)。
ゴブリンランド(小悪鬼国): ガスラーク王。デモンランドのジャス王に協力。
フォリオット王国
グールランド(食屍鬼国): 物語の直前にデモンランドの軍隊によって滅ぼされた。
ピクシーランド(小妖精国): ラ・ファイアリーズ王
インプランド(小鬼国)
「文武に秀でた高貴なるジャス王とその二人の弟を戴く修羅国は,水星全世界に勇名を馳せていた。だが一方の強国、魔女国の大王ゴライス十一世は,世界に覇をとなえるべく修羅国に臣下の礼を要求してくるや,ジャスの弟プラスコは格闘仕合でゴライス十一世を屠り去ってしまった。やがて恐怖と権力の化身ゴライス十二世が即位,恐るべき魔物を三兄弟の上につかわしブラスコを虜にした・・・(文庫カバーのサマリ)」
グールランドを攻略した修羅国は凱旋の宴を開く。平和を獲得したものの、兵士の損耗など痛手は大きい。そこに隣国魔女国からの使者が訪れ、ゴライス家に臣下の礼を要求する。一笑にふしたものの軍隊同士の戦闘を避けたいため、ゴライス11世とゴールドリイ・ブラスコ卿の一騎打ちで決着をつけることにした。この一騎打ち、反則は首絞め、かみつき、爪によるひっかき、目つき、拳による打撃であり、およそキャッチ・アズ・キャッチ・キャンのルールに等しい。一本目は長時間の格闘の末引き分け、二本目はゴライスの反則(鼻に指を突っ込む)のすえブラスコの失神、三本目はブラスコの豪快な背負い投げ。頭を強打したゴライス11世は死亡した。これで和平の確約ができたかと思うと、魔女国のカルシー城では、ゴライス12世が魔を呼ぶ秘術を実行する。恐れ知らずの策謀家にして哲学者のグロを助手にして、7世が失敗した秘術をついに成し遂げる。現生に呼び出された魔は、帰還中のジャス王らの艦隊を襲い、ブラスコを世界の果てに幽閉することに成功した。
弟の奪還のために、ジャス王らはゴブリンランドの王の協力を得て、カルシー城を攻める。いかんせん、不慣れな土地での夜間戦闘。ガスラーク王は追い払われ、ジャスとダーハもカルシー城にとらわれの身となる。
あいにくピクシーランドのラ・ファイアリーズ王が表敬訪問したために、ジャスらの死刑は延期された。ゴライス12世とグロはジャス囚われが露見しないよう緘口令を引いたが、祝宴(ここの詳しい描写は見事)で泥酔した勇将の口から洩れてしまう。激怒したラ・ファイアリーズ王はゴライスに水晶の大盃を投げつけ昏倒させ、ジャスらを解放する。王は魔女国との締結ある故、ここまでしかできないと許しを乞う。ジャスらはいったん故国に帰ったのち、ゴライス奪還のために夢にでてきたインプランドの先にある世界の果てまで遠征することを決意する。
ここまでで全体の三分の一(第1章から第7章まで)。
(デモンランドは信義と友愛の国であり、ウィッチランドは侵略と粗暴な国であり、その国の王から庶民までが同じ性格や行動性向をもっていることは疑いえない。この幻想物語では近世以降の人間はひとりもいない。なので、英雄は試練にあっても自己変容を起こさないし、庶民の人権は無視され命は安い。そのような小説は、近代以降のイギリス文学の本流からはずれるものではあるが、地下水脈のように流れているのである。自分の乏しい読書でも、アーサー・マッケン、ジョージ・マクドナルド、ルイス・キャロルらの系譜をつくることができる。奇妙なところがあるとすれば、20世紀になってこの幻想物語の作者が突然巨大な舞台で、重厚長大な小説を書き、そこがひとつの宇宙でもあるような想像力を注ぎ込んだことだ。ことにマーヴィン・ピーク「ゴーメンガースト」シリーズとデイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」に並んで、エディスン「ウロボロス」の三作は他を圧倒するできばえ。)
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2020/03/27 E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-2 1922年
2020/03/26 E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-3 1922年