odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ドイツ民衆本の世界」(国書刊行会) 14世紀に活版印刷が発明されてから、上流階級のとくに女性が読書を嗜み、出版事業が成立するようになった。

 馴染みの古本屋にいったところ、この全集がおいてあったので、即座に購入。きちんとした記録を取らない時期の読書なので、内容紹介は簡単でごめんなさい。
 民衆本を非常に簡単に説明すると、14世紀に活版印刷が発明されて、最初は聖書や教義文書が作られていたが、次第に読書する人びとが生まれてきた。たいていは貴族の奥さんとその子弟。あるいは学生など。こういう読者の要望にこたえるように、肩の凝らない物語として民話や口承文学などを印刷出版していった。物語自身は洗練されたものではないし、繰り返しが多かったりして、ときに退屈するシーンもある。研究者は、古ドイツ語および方言を研究したり、貨幣や賃金労働が普及する経済史の資料にしたり、当時の民衆や町の暮らしを知る民俗史の資料にしたりと、いろいろな読み方をしている。

ドイツ民衆本の世界1「クラーベルト滑稽譚・麗しのメルジーナ」(国書刊行会) 

オイレンシュピーゲルの末裔、錠前職人ハンス・クラーベルトが宮廷道化となって活躍する「面白い、読むも実に愉快な」おどけ話、糞尿譚、艶笑譚の数々――「クラーベルト滑稽譚」。騎士と水の妖精の結婚、そして生まれた十人の異形の子供たちが、妖怪退治や異教徒との戦いを織り成してくりひろげる幻想的な建国物語――「麗しのメルジーナ」。訳者による<民衆本>についての詳細な解説「ドイツ民衆本への招待」を併せて収めた。(裏表紙のサマリ)」

 ティル・オイレンシュピーゲルと同様に、クラーベルトは職人・芸人。仕事をしながらも、機知に富んでいて、権力を嘲笑し、自らは道化になり、失敗と成功を繰り返す。貨幣経済の浸透に伴って、民衆の生活や風俗が異なるのを見ることができる、というのがキーポイント。
 麗しのメルジーナでは、異形の息子(長髪だったりデブだったり、片目だったり)が強力な力を持っていて、英雄になる。神話的な建国物語だった。

ドイツ民衆本の世界2「ラーレ人物語・不死身のジークフリート」(国書刊行会

 「賢明さゆえにかえって損をする。困ったラーレブルク村の農民たちは、自ら阿呆を装うことにしたが・・・諺や伝承を豊富に盛り込み、鋭い風刺の中に人間の愚かさを描いて、「古い滑稽文学における最も完成せる、最も堅実な作品」(W・グリム)と評された「ラーレ人物語」と、竜を退治して美姫と結ばれた不死身の英雄が唯一の泣き所をつかれて命をおとすまで――ニーベルンゲン伝説に由来する冒険譚「不死身のジークフリート」(裏表紙のサマリ)」

 小学生のときに読んだイギリス民話に「ラーレ人物語」と同じ話が載っていたな。王が重税を課すことになり、それを回避するために村民全員で、阿呆をやる。うなぎをおぼれさせるために水たまりに投げ込む、荷車を最短で運ぶために家を乗り越えようとする、山からチーズを転がして隣村への道を調べる、こんなのが記憶に残っている。

ドイツ民衆本の世界3「ファウスト博士」(国書刊行会

 「あらゆる知識と此の世の快楽を激しく追い求めるヨーハン・ファウスト。霊メフィストフェレスと契約を結び、地獄めぐり、世界旅行、おどけにいたずら、放蕩三昧。しかし、魂の幸福を失い、酸鼻な最後を遂げる。このルネサンス・オカルト哲学の光と影のはざまに見え隠れする謎の人物は、死後、様々な魔術譚・魔術師像を一身に集め、驚異と畏怖と哄笑の交錯する巨大な伝説の主人公としてたち現れた。民衆本初版からの初の完訳決定版。18・9世紀に盛んに上演された人形劇版を併収。(裏表紙のサマリ)」

 これは完全に内容を忘れている。少なくともゲーテ版「ファウスト」とも手塚治虫版「ネオ・ファウスト」とも違うファウスト博士だった。ほとんど詐欺師のような放蕩を重ねて、地獄落ちしたのではなかったかな。こちらの民衆本を参考にしてオペラにしたのが、ブゾーニファウスト博士」。

ドイツ民衆本の世界4「幸運のさいふと空飛ぶ帽子・麗しのマゲローナ」(国書刊行会

 「いつもお金の入っているさいふと、かぶるとどこへでも飛んでいける帽子のおかげで巨万の富と地位を手中にする男フォルトゥナートゥスの成功と、彼の息子たちの悲劇的な破滅を、資本主義勃興期を背景に描く「幸運のさいふと空飛ぶ帽子」。駆け落ちした美姫と騎士が、一羽の鷹のいたずらではなればなれとなり、数奇な運命に翻弄された後ようやく再会する。ヨーロッパ各地に伝えられる貴種流離譚「麗しのマゲローナ」。(裏表紙のサマリ)」

 「麗しのマゲローネ」はブラームスの連作歌曲集のもとになった中世の物語。駆け落ちした騎士と姫。海辺で休んでいるときに、鷹が姫のナニカを奪う。追いかえた騎士は途中でけがをして戻れなくなる。騎士が奴隷に売られ、トルコにわたり、持ち前の才覚でトルコ王の家臣に上り詰める。一方、はぐれた姫は絶望して、修道院に入る。それから四半世紀(?だったかは忘れた)、トルコ王に暇を告げた騎士はベネチアの商船に乗って帰国する。途中で、さまざまな財宝を手に入れる。そしてようやく再開し、二人は新しい生活を始める。こんなストーリーだったような。中世を題材にしたのはワーグナーだけではなかったということなのね。
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ドイツ民衆本の世界5「ハイモンの四人の子ら」(国書刊行会

 「西暦800年ごろ全ゲルマン民族と旧ローマ帝国領を支配したカルル大帝とローラントら十二臣将に敵対し、二代にわたって反逆し続けた勇士たちを描く合戦絵巻。祝宴で甥を殺されたハイモン伯の抵抗は、駿馬バイヤールにまたがる偉丈夫ライノルトとその兄たち、妖術使いのマレギュスらに受け継げられ、激しい戦闘、裏切り、脱出劇がくりひろげられる。若きゲーテが愛読し、ロマン派のティークが小説化した、フランス起源の英雄叙事詩。(裏表紙のサマリ)」

 主人公はハイモンの末っ子ライノルト。フランス帝国カルル大帝とその配下の貴族たちを相手に激しい戦闘を繰り返す。それはおよそ30年は続いた。いつまでたっても決着のつかない戦闘。そこには、ライノルトを守り立てる兄たちがいて、魔術師マレギュスが的確な判断を下す軍師役を務める。彼の魔術はカルル王以下を翻弄し、ライノルトらの危機を何度も救う。同じような戦いが繰り返され、そのつど、多くの騎士や部下が殺される。なるほど、この種のストーリーはよく知っている。「ウルトラマン」のような特撮ヒーローものであり、「リングにかけろ!」「ドラゴンボール」のような終わらない戦いを描いたマンガなど。そういうものだと割り切るのがよいだろう。1604年に刊行されたドイツ民衆本だから、もう少し高尚な人たちをターゲットにした文学とは毛色が異なるのだから。
 時代はカール大帝と聖ライノルトの時代なので、9世紀の初頭(ライノルトが死亡したのが810年。聖人になったのは811年)である。にもかかわらずエルサレムを占領するトルコ人を討伐する戦いをライノルトが指揮したり、ペストが流行したりと、どうにも歴史のつじつまが合わない。まあ、正確さにかけるのは仕方ない。(とはいえ12-13世紀にまとめられた「三国志演義」を思い出すと、同じ民衆向けとはいいながら、ストーリーの複雑さや人物描写、歴史や社会観などにおいて、ひどく差がついているな、と思ってしまう。)
 解説にもあるように、中世初頭のころは、王権がまだ強くなくて、とりあえず諸侯の中で少し図抜けている一人にすぎない。だから、配下の諸侯は王の命令に異議を唱えたり、場合によっては執行を拒否したりする。経済が地域限定的で、貨幣も浸透していないし、農業革命も行われていない時代だからか。

         

 で、最後のドイツ民衆本の世界6「トリストラントとイザルデ」(国書刊行会)は気合いを入れて読んだので、次回をお楽しみに。