odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ピエール・ボーマルシェ「フィガロの結婚」(岩波文庫)

 モーツァルトの同名オペラで筋をよく知っているので、サマリは略。
 訳は辰野隆先生。1952年の訳なので古臭いなあ、と読み始めた。みんな難しい漢語を使うし、回りくどい言い回しをするから。途中で思ったのは、「フィガロの結婚」が初演されたのは1784年。時はフランス革命の直前。世情混沌としているなか、貴族と平民の違いなぞどこにあるという啖呵が第三身分のフランス市民に大いにうけたのだった(その10数年後の恐怖政治を描いたアナトール・フランス「神々は渇く」は参考文献になるな)。もちろんフィガロの長広舌もいまとなっては、歴史上の一重要文書にすぎない。そこはさておき、この国の状況を照らしあわせると、時は元禄時代に一致する。
 なるほど辰野先生は、「フィガロの結婚」を訳すにあたり、時代劇の文体を使ったのだと、思い至った。貴族がいて、小姓がいて、下女が貴婦人の世話をしているとなると、時代劇風にするのがよいのだろう。そんな思いつきをしたら、フィガロがなんだか一心太助みたいに思えてきて、スザンナ(モーツァルトにあわせてドイツ語の読みで書く)もいなせな町娘に変貌してしまった。
 通常は、人権意識の啓蒙を担う笑劇ということなのだが、むしろマルチェリーナ(フィガロの母であることが知れる)のせりふにある女性の差別の告発というのが今日でも通じる話だった。そういう視点で見ると、フィガロも伯爵も女の手のひらのうえでどたばたをしているのであって、彼らをコントロールしているのは女なのであった。たぶん、ジェンダー研究家が同じことをもっと深く論じているだろう。

 ちょっと趣味に走らせてもらおうか。
 古い世代の演奏の記録としては、エーリッヒ・クライバー指揮ウィーン国立歌劇場オーケストラのものがよい。モーツァルト生誕200年を記念した1954年の録音だけど、みずみずしい音。とくにスザンヌ・ダンコのうたうケルビーノのコケティッシュさが傑出。
 オペラは映像付きのほうがよいので、そうなるとガーディナーとイングリッシュ・バロック・ソロイスツかな。でも、印象深いのはエストマン指揮ドロットニングホルム宮廷劇場オーケストラのもの。これは18世紀にたてられたオペラハウスで、王様の命令で19世紀中閉鎖されていた。20世紀半ばに再開されたとき、18世紀の装置がそのまま保管されていたという稀有な劇場(正倉院のようなタイムカプセルになったのだ)。爾来、18世紀のコスチュームを着て、ピリオド楽器を使い、当時の演出方法を再現するようにモーツァルト他を上演している。モーツァルト4部作をLDで発売したが、DVDになっていない。

モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」(全曲)

モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」(全曲)

 ガーディナー指揮のはアマゾンにないので、次善策としてベームの日本公演を推薦。