odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ヘンリ・メリル「メルトン先生の犯罪学演習」(創元推理文庫)

 法理論とローマ法の権威メルトン教授はしたたかに頭を打った。そのまま講義をすると口に出るのは完全犯罪の話ばかり。事態を憂慮した学部長の権限で精神病院に入院する。もちろん抜け出した教授は偽名でホテルに泊まるが、警察の捜査はそこまで進んでいた。間一髪のところをどうにかやり過ごして、知り合いの家に戻る。再び家に帰る途中でまた滑って転んで頭を打ってしまった。以下は、その間のメルトン先生の愉快なお話である(一部は別の人のもの)。

告白 ・・・ 犯罪者向けの弁護士、知り合いが殺人事件で逮捕された事件の弁護で自分が犯人であると証言した。彼はアリバイをもっていたのだが・・・

告げ口 ・・・ 他人のうそを許すことのできないという稀代のうそつき男。自分が殺していない女房の死に際し、うそをついたためににっちもさっちもいかなくなり死刑を宣告される。その話を列車の中で聞いていた連中に告げた驚愕の真実。

名誉毀損 ・・・ 悪徳弁護士に名誉毀損小額訴訟を提訴された4人がいっしょになって対抗する。

主義に基づいて ・・・ ホテル専門の女探偵、深夜にやってきた泥棒(いい男だった)との奇妙な一夜。
名まえ ・・・ エレファントという奇妙な名まえを持つ男が妻殺しで起訴される。弁護士は姓でからかわれたことが原因と弁護したら大衆の支持をうけて、執行猶予まで勝ち取る。勝訴おめでとうと握手を求める弁護士に告げた被告の驚愕の真実。

ティンカー君の訴訟事件 ・・・ ある発明家が特許侵害訴訟を繰り返すが、いつも敗訴。そのつど、川に飛び込もうとするので今度はそちらで訴訟になる。この少し常識知らずの男は自殺未遂のたびにある警官にとがめられる。ようやく無実になったあと、自称発明家は警官に愉快でない発明品をプレゼント。

献立以外の問題 ・・・ 好色だが妻を愛する男、ある朝、妻が朝食を用意していない。妻に聞くと、不倫するたびに何かのサービスをやめるとの通告。自宅の生活が困った男は女と手を切っていった。もうすべて処理した朝、今度は妻の前に朝食がでていない、なぜ?どうする?

夢 ・・・ 親身な裁判官が街の女の言い分をしっかりときいたら気に入られてしまった。あるときプライベートでタクシーにのり、自宅に連れて行った。その女の次の裁判で、女の口からそのことがもらされる。一気に職を失い、ルンペンになった裁判官。そういう夢から覚めた、という夢から覚めた、という夢から覚めた・・・

臣民の自由 ・・・ ある民事裁判、ある男の家に誰かが侵入していた。さっそくひっつかまえて警察に突き出し、損害賠償をしろということになった。侵入者はうっかりという申し出をして判事はきわめて同情的。翌週、判決がくだったが、なんと侵入者の有罪であった。この週末に判事に何か起こったのか?最後にもうひとひねりか、謎をのこしたリドルストーリー。

わな(1) ・・・ ある美男子にゆすられた奥さん、スコットランドヤードに相談した。次回の面談で現行犯逮捕するつもりであったが、相手は奥さんに色目を使い出す。翌日、ヤードの監視から離れたところで男は仮面をはがす。

わな(2) ・・・ (1)の続き。奥さんは警察に相談し、彼女を監視することにするが、男は容易にわなをみいだして尻尾をつかませない。男から逃げられないと知った奥さんは結婚を決める。で、ゆすりの話はなにかというと・・・ 意地悪いなあ、こんな話を新婚夫婦にするのだぜ。

宣伝 ・・・ 全国展開のレストランを経営する夫婦が事業を売ってハッピーリタイアを準備する。契約の整った日に、元経営者は資本がないときにどのように店を開いたかの打ち明け話をする。実は、元経営者の妻は夫の殺人容疑で起訴されたことがあるのだ。真相を明かした後、事業を買った男の反応も面白い。

万人のための音楽 ・・・ 音楽の好きな男は音楽のわからない女に興味はなかった。しかし、妻になったのはそういう女。彼女は夫の興味のために、レコード店にいき、美男子の店員に手ほどきを受ける。8回のレッスンののち、すっかり音楽通になった妻は夫に打ち明けたのだが・・・ 皮肉だけど、ハッピーエンドの珍しい一編。

真昼の泥棒 ・・・ 借金を返済しないので、裁判をすることになった。方法を考えて、法律事務所に一任するとまあ安くあがった。結果、裁判に勝って返済する命令が相手に出たが、先方は支払わない。もう一度法律事務所に一任し安い手数料で強制執行を行った。やれやれこれで金が返ってくると安堵したところに、法律事務所から書面が届く。

控訴について ・・・ ある刑事事件を担当している判事に男が押し入る。男の息子が被告で死刑になりそうなのだ、息子を助けたいから判事の娘を誘拐した、取引しようぜ、という。さて判事はどうするか。苦い結末だけど、最後の引用部分が良くわからない。

当て推量 ・・・ 戦闘状態にあるイギリス海軍士官、勝手に隊を離脱して実家に帰り一晩を過ごした。その行為の結果、妻が妊娠したのだが、どうして上官に伝えればいいのだろう。そのとき、難しい交渉の役目が任され、見事に成功した。帰還すると上司がかんかんに怒っている。さてどうしよう・・・これもどう解釈するのかしら?

絹の法服を着た肖像 ・・・ 流行の弁護士、次の打ち合わせの移動中に交通事故にあった。したたかに頭を打つと、時代はイスラムかそれとも閻魔さまのまえか。判事は自分の一生と仕事が誠実で正義に基づくものであったかをたずねる。弁護士は現代の風潮に合わせて利益重視の活動を報告したが、判事は認めず、彼は死刑の判決を受けた・・・

 枠物語というのがあって、アラビアン・ナイトとかボッカチオ「デカメロン」みたいに、ストーリーの登場人物がストーリーを語るという形式だ。まあ、神話とか口承文学のころからあるし、たぶんモダニズムの文学にもあるだろう。登場人物をどこかのステージに閉じ込めないで、読者のいる位置をわけがわからなくする仕掛けの一種。この書ではまだそこまでの迷宮めいた仕掛けにはなっていない。たぶん、まず個々のショートストーリーがあったのだろう。そのまま短編集で出すにはインパクトが弱いと見たのか、枠(というかブリッジというかプロムナードというか)を後から作ったのだろうね。だからメルトン先生の境遇と挿入される物語はどこか親近性というか類似をもっている。最初に読んだ中学生のときにはそんなことなどわからず退屈に思ったのだった。最近の作になると、この種のストーリーではあんまり読者の興味を引かない枠(というかブリッジというかプロムナードというか)のほうに仕掛けをしくんでおいて、読者に打っちゃりをかけるのがあるので、注意するように。都筑道夫「三重露出」、若竹七海「ぼくのミステリーな日常」など。
 あと挿入されるショートストーリーだが、ブラックというか皮肉が利きすぎているというか、ときにアンモラルになるというか「危険」な話ばかり。法の抜け穴をとおるとか、司法の裏をかくとか、法には触れない悪事を働くとか、本来処罰する悪事を見逃すとか、そんなのばっかり。イギリスがこの種の「法」を大事にしていて、それが人々の行動を律している国だから、こういうブラックなのがユーモアに転化するのだろうな(この国ではお涙頂戴になるか、あるいは法より情を優先する美談になるからねえ)。こういうユーモアとかギャグはもちろんモンティ・パイソンに引き継がれたのである。ビデオで彼らの法廷スケッチをみるべし。

メルトン先生の犯罪学演習 (創元推理文庫 145-1)

メルトン先生の犯罪学演習 (創元推理文庫 145-1)