odd_hatchの読書ノート

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フィリップ・マクドナルド「ゲスリン最後の事件」(創元推理文庫) リストに書かれた十人が次々死んでいく。おまえ、それはいくらなんでも、というような解決に仰天。

「イギリスからアメリカへと向かう旅客機が落下し、墜落直前に機外へ放り出された作家のエイドリアン・メッセンジャーは謎の言葉を残して絶命する。ロンドンをたつ前に、彼はスコットランド・ヤードの友人に一枚のリストを手渡していた。それには、十人の氏名と住所が記されており、現在の消息が知りたいというのだ。調査の結果、判明する限りの人間はみな事故にあって死亡しており、しかも、その十名の人物には相互になんらのつながりも見出せなかった! 完全犯罪を狙う冷静沈着な犯人の異常な執念。それに対峙する名探偵アントニイ・ゲスリン。P.マクドナルドの本領が遺憾なく発揮された後期代表作の本邦初紹介!(表紙のサマリ)」
エイドリアン・メッセンジャーのリスト - フィリップ・マクドナルド/真野明裕 訳|東京創元社


 二つの謎があって、ひとつはメッセンジャーの謎の言葉の意味。クイーンばりのダイイング・メッセージ。あいにく彼の言葉を聞き取ったのがフランス人であって、英語の発音に弱いという問題があり、名探偵もなかなか意味を解読できなかった。作者の名誉のためにいっておくと、ダイイング・メッセージは冒頭近くで第三者視点で書かれていて、正しい音は読者に開示されている。作者はフェアです。もうひとつの謎は、十人のリストのつながり。これもまた本書半分くらいのところで、明確にされる。冒頭でこのストーリーの時期は明らかにしないといっているが、登場人物のほとんどが青年時代に第2次世界大戦に従軍しているというのであって、ふと捜査陣の一人が漏らした思い付きから(その時代であればあたりまえのこと)このミッシングリンクも半分あたりで解決してしまう。エイドリアン・メッセンジャーが自叙伝を書くときに、若いときの思い出の情報を入手するために作ったリストなのでした。
 とまあ、本格ミステリ風の装いは途中で腰砕け。代わりに描かれるのは、なんとも優美でおっとりしたゲスリンの捜査。このジェントルな紳士は誰かを脅かしたり、大声を上げたりすることは無く、まことに紳士的な振る舞いで関係者にあたる。現代の読者だと、このゆっくりさにはついていけないかもしれないな。それに、ポアロ風の自尊心の強さも鼻につくかもしれない。まことに第2次大戦前の英国ミステリ黄金時代の衣鉢をついでいるのである(初出は1959年)。もうひとつは、フランス人と未亡人のロマンス。これが珍妙に思えるのは、フランス人は190cm、100kg近くの大男。未亡人も190cmはあるという大女。彼女は背の高さがコンプレックスで恋愛上図ではないから、30代も近いというのにうぶなこと。フランス人は一般の思い込みのように見境なく手当たり次第にくどくというところもあって、大女(ミス・ムース=大鹿さんと呼ばれる)が怒ったり、そっぽを向いたりする。背の高さと感情のギャップがどうにもおかしいのだよな(世の女性、ごめんなさい)。
 それに結末のなんとも仰天すること。おまえ、それはいくらなんでも、というような解決なんだ。
 というわけで、これは探偵小説作家30年のキャリアを誇り、「P.マクドナルド」は本格ミステリの雄という名を築いてきた作家だからできる芸当。そのキャリアのおかげでこれは「本格」の分類にはいるのであるのだよ。これもまたミステリ通がミステリ通のために書いたミステリ通のでてくるミステリなのであった。この種のミステリはほんとうになにが仕掛けてあるかわからない、とにかく眉に唾をつけて読まないといけない。