odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ロジャー・スカーレット「エンジェル家の殺人」(創元推理文庫)

 「●江戸川乱歩氏推薦――「『エンジェル』には感歎のほかありません。(中略)筋の運び方、謎の解いて行き方、サスペンスの強度、などに他の作にないような妙味があり、書き方そのものが小生の嗜好にピッタリ一致するのです。(中略)アアなるほどその通りその通り、それこそ私の一番好きな書き方だと、一行ごとにそう感じてよむというわけです。」
 エンジェル家は、まるで牢獄のような陰気な外観を持つ家だった。しかも内部は対角線を引いたように二分され、年老いた双子の兄弟が、それぞれの家族を率いて暮らしていた。彼らを支配しているのは長生きした方に全財産を相続させるという、今は亡き父の遺言だった。そして、死期の近いことを感じた双子の兄が、遺言の中身を変更することを弟に迫ったときから、すべての悲劇ははじまる。愛憎渦巻く二つの家族の間に起こる連続殺人事件を、巧みなストーリー展開と、盛り上がるサスペンスによって描いた密室ものの古典的名作、完訳決定版」
エンジェル家の殺人 - ロジャー・スカーレット/大庭忠男 訳|東京創元社

 エンジェル家には双子の兄弟が長く住んでいる。上記の遺言のせいで疎遠になり、今では家を二つに分けている。病弱の弟は元気な兄にいずれが死んでも遺産は二人の子供たちに平等で残そうと提案する。それを拒絶した兄は射殺される。弟の作った遺言は盗まれ、再作成することを提案した後、密室のエレベーター内で刺殺される。弟の息子は吝嗇家と放蕩家、兄は独身だが2人の養子を迎える。一人は結婚している(妻は吝嗇家と不倫中)。家の執事は数か月前に雇用されたが、なにやら裏があるらしく、いつもおびえている。ケイン警部が事件を担当するが、彼は事件に積極的に介入し、ときには被害が生じることもいとわない。
 タイトルは「Murder Among the Angells」。邦訳のように「エンジェル一家」で起きた殺人であるけど、一方「エンジェル(天使)」たちの間で争われた殺人という意味にもなりそう。丹生谷貴志「天使と増殖」によると、天使というのは所有から最も離れたところにいる存在(?)なのだが、本書の中の「エンジェル」は所有に取りつかれている。「エンジェル(天使)」とは程遠い人物ばかりいるのだ。所有に対する執着の理由が、放蕩や名誉、親への依存など形式化された(まあありていにいうと通俗的な)欲望によっている。彼らの行動も理由からたやすく類推できる粗暴、怜悧、見せかけの従順などに収まる。
 作者は男名だが実は女性2名(ともに30歳になったばかりのころ)の合作。女性の目から見た男の類型がここに描かれているということになる。探偵にしても見かけはよいが頭がよいとは思えず、これもまた女性視点による男の類型化なのだろう。ちょっとあとのエリザベス・フェラーズ「私が見たと蠅は言う」でも感じたように、女性の書く男性は宝塚になってしまう。ここは男である自分の偏見であることを受容する。
 奇矯な人たちが登場する(もしかしたらもっともエキセントリックな人物は探偵ケイン氏であるかもしれない)のだが、文体がハードボイルド調。訳者大庭さんも多くのハードボイルドものを訳していたので、乾いた・簡潔な文章で物語をつづった。それが、ストーリーや雰囲気に浸ることのできない原因だったかもしれない。初期カーの怪奇小説風に書いたり横溝正史の草双紙風の粘る文体のほうが似合うのではないかなあ。最後の10ページで語られる解決編はおもに犯人の動機についての説明なのだが、この動機は怪奇小説や伝奇小説に似合っている。
 さて、本作は江戸川乱歩「三角館の恐怖」の翻案元。こちらの初読は中学生の時。終盤のクライマックス、暗闇で犯人を待ち伏せる。このときのストーリーの語り手が感じる恐怖感はすごかった。今回は、あっさりと読み流してしまった。すれちまったなあ。
(それから、このカッコだらけの悪文に自己嫌悪。)

2016/07/28 江戸川乱歩「三角館の恐怖」(創元推理文庫) 1951年