odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

百田尚樹「幸福な生活」(祥伝社文庫)

 あとがきによると作者は長年放送作家をしていたそうな。なるほど藤本儀一、井上ひさし辻真先景山民夫の系譜にある人だな。こういう人の作品は、読者を楽しませることに関しては手間を惜しまないはず。以下の18編のショートショートが収録されている。いずれも最後の一行でひっくりかえすコント、というか怪奇譚というか。

母の記憶 ・・・ 認知症の母が語るとりとめのない言葉から、家出した父のことを思い出す。
夜の訪問者 ・・・ 帰宅すると不倫相手が妻と談笑していた。不倫相手は妻にそのことを喋ってはいないようなので、次第に俺への家の中の行動を大胆にする。
そっくりさん ・・・ 優秀なビデオ編集人である夫はなかなか家に帰ってこない。ようやく帰宅した時、ソファーで寝る夫が「ひろし」とうわごとを喋った。夫への疑惑が膨らんでいく。
おとなしい妻 ・・・ おとなしい妻が、ときどき泣き出してしまう。聞くと、さまざまなところでトラブルに巻き込まれているようなのだ。
残りもの ・・・ 中年まで独身でいた女性が、知的でハンサムで手に職を持つ男を結婚できた。それに満足していた。ただ夫は昔のことを語らないし、何も持っていない。
豹変 ・・・ 夫婦仲はよいのに子供が生まれない。気になって病院で検査を受けることにした。
生命保険 ・・・ 大学で指折りの美人が結婚した相手は、冴えないしだらしのない男だった。それを選んだわけは。
痴漢 ・・・ 身に覚えのないのに痴漢にされてしまった。示談金をだして収まったが、そのあとも慰謝料が請求される。
ブス談義 ・・・ 友人の結婚式のあと、口の悪い友人たちが新郎を肴にする。
再会 ・・・ 酒癖の悪く暴力をふるう夫と別れて10年、その夫が新しい勤務先に尋ねてきた。教えていないはずなのに。
賭けられた女 ・・・ ギャンブラーの作家としがない編集者が美しい妻をかけての勝負に挑むことになった。語り手が不誠実なので、読み返さないと落ちがわからない。
百田尚樹先生の「幸福な生活」の文庫版を購入された方に質問です。 - ... - Yahoo!知恵袋
百田尚樹さんの賭けられた女の落ちが分かりません。以前の回答に純子... - Yahoo!知恵袋
雪女 ・・・ 雪道で事故を起こし母と記憶を無くした男が、治療中に知り合った妻に数年ぶりによみがえった事故の記憶を語る。
ビデオレター ・・・ 老妻が亡くなって49日目。生前に録画したビデオレターが夫に届いた。たんたんと妻が夫への感謝を述べる。
ママの魅力 ・・・ 体重百kgもあるママを「僕」はあまり好きではないのに、やせっぽちのパパはすごく大事にしている。あるとき猛犬に襲われて。
淑女協定 ・・・ 社内結婚した連中が顔を合わせて、昔話に花を咲かす。
深夜の乗客 ・・・ タクシー運転手が若い女を載せて長距離を走る。金がないから家からとってくるといって、なかなか戻ってこない。
隠れた殺人 ・・・ 謹厳実直な父が大往生を遂げ、残された箱根細工の箱を開けようと試みる。
催眠術 ・・・ 催眠術をバカにしている妻が実験台になったら、夫の知らないことを次々と語りだした。
幸福な生活 ・・・ 幸福な人生を追憶している男。今度は娘が同じような幸せになることを願う。


 最後の一行でそれまでの話をひっくり返す。そのために最後の一行は、先に読めないように開いたページの一行目にくるように配置。行数を整えるのに、時間をかけたことだろう。
 語り口やストーリーに注文はあるけど、それを書く気になれないのは、話も登場する連中もそろって気に食わないからだ。平穏な日常生活を送っているところに、闖入者やうわさがはいって、不安や苦悩が醸し出されるというのがパターン。その不安や苦悩がそろって、偏見や特権意識に基づいている。彼らが不安や苦悩になるのは、闖入者やうわさによって彼らがマイノリティになることが明らかになるから。そういうマイノリティはこの小説に登場する事例でいうと、ホモセクシャル、刑期をおえた出所者、障害者、黒人、ブス、女性一般、性的放縦者、特殊性癖の持ち主、臆病な人・だらしない人など。こういう自分の努力や意思で状況を変化できない人たち、他者への権利侵害をしない範囲で趣味を楽しむ人たちをその場にいないときにはバカにし、こけにし、大笑いし、その場にいたり身内や自分の「正体」が暴かれると恐怖と不安を持ち、排除しようとする。そんな話ばっかり。
 要するに、この社会での特権(男であること、結婚していること、正社員であること、資産を持っていること、セイフティネットの恩恵を受けていること、公共サービスを自由に使えることなど)にあぐらをかいて、インサイダー同士で仲良くしあうのが登場人物たちの「幸福」。その後ろ側にあるのは、マイノリティたちへの嫌悪と見下し。
 偏見や特権意識や他者の見下しなどを持つことは現代日本の俺たちの心象の一部であるだろうが、それに同調し助長するのは誤っている。この作者の文章は今後二度と読まない。