odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

都筑道夫「妖精悪女解剖図」(角川文庫)

 角川文庫の初出は1980年だが、その前の単行本は1974年。内容をみると書かれたのは1960年代後半。

霧をつむぐ指 ・・・ 翻訳の下請けや英語の試験問題作成で食べている佐久間啓子。自称画家の若い沼江(ヌエ)という男と知り合う。ヌエはそのまま啓子のアパートに居座りつき、ときに1週間ほど空ける。身勝手でずうずうしく、モラルのないヌエを啓子は激しく愛し、一方で嫌悪する。ヌエが啓子の金を勝手に持ち出しているのがわかったとき、啓子はヌエを殺す決心をした。そして、レンタカーを借りてピクニックに行こうといいだしたとき、計画を実行することにした。悪魔のような天使に翻弄されて、殺人を犯す女。計画通りになったときから、啓子の予想しない方向にずれていく。このずれの感覚が、フランスのいくつかの長編に似ているのを思い出して、まあその通りに展開していった。不思議なのは、絶体絶命どころか、すでに転落した後に放心するのではなく、すがすがしい気分を啓子が持つことかな。ああいうのを安心立命とでもいのか(たぶん違う)。

らくがきの根 ・・・ 国道沿いでコーヒー店、夜はスナックの店。あるとき、店の外壁に落書きをみつける。苦笑して消していくと、次第に言葉がエスカレート。いったいだれが、と疑いだし、妻と一緒にあの事件のことかと憤りだす。思い違いが別の犯罪を誘発していく恐怖。前半は、主人公の独白に借りた作者の喫茶店論。うまいコーヒーを入れることにこだわりをもっても、この世知辛い21世紀では職業にならなくなってしまった。

濡れた恐怖 ・・・ 林のなかの一軒家を新婚夫婦が購入した。いずれ安くなり、周りに人が増えるだろうという思惑で。でも夫の帰りを一人でまつにはさびしすぎる。深夜の雨で、夫の帰りが遅くなるという電話があった。すると、家の電気が消え、暗闇に一人に残される。誰かが侵入したようだ。アメリカではマンションでこういう事件になるが(「暗くなるまで待って」「ダイヤルMを回せ」)、この国だとうす壁で隣に丸聞こえ。となると、新興住宅地にするしかない。最後の10行はなくてもよかったのでは?とセンセーに注文を付けてみる。

手袋のうらも手袋 ・・・ 中堅企業の中堅OL(死語)、葉名子は誰にも誘われない地味な女性。でも、今日は子供っぽい男性に会社のことを聞かれ、気持ちが弾んでバーまで付き合い、喋りまくった。その夜、会社に泥棒が入り、給料の金が盗まれた。自分が喋ったせいではないか、と葉名子は悩む。真実はもちろん葉名子の思い込みとは別にあり、むしろそれがわかったとき、図々しさというか、自己主張ができるようになり、男をもてあそぶ術を自在にふりまわせるようになる。

鏡の中の悪女 ・・・ 新婚1年目、一週間の出張から帰ってくると、妻から自分あてに荷物が届いている。中身は白紙で、妻はいない。続いて、絵の具やら消防自動車の模型やらが続けざまに送られる。妻の実家に問い合わせてもいない。そこで贈り物の住所に行くと、中年男の死体があり、その隣室には妻の元の姓と同じ名の女がいた。結婚前の妻の勤め先を調べてみると、モデル事務所、バー、スナックと本人は話していない水商売の話ばかり。つい最近妻が勤めていたというクラブで話を聞いた後には、サングラスの男たちに襲撃され、女の後を追うなと警告される。困った夫は妻の兄とその紹介の退職刑事(のちのシリーズとは無関係)に相談する。素人が犯罪捜査に乗り出すと、危ない目にあうという教訓を得て、同じ死体が2か所で見つかり、兄といっしょに数時間後に訪れると死体が消えているという不可能犯罪(歩く死体はセンセーの好きなテーマだな)。それに脈絡の付かないプレゼント(クイーンほど凝った理由があるわけではない)。双子を使ったのはしかたがないかな(上記の不可能犯罪とは別の趣向で使用)。タイトルに関係する仕掛けです。こういう本格趣味とハードボイルドが渾然一体となった中編。両方やろうとすると、どちらかが犠牲になるものだけど、それは軽々とクリア。でも、人物の深みというかリアリティがないのがね。苦悩する父となだめる母がいると、ぐっと奥行きが出てくるもの。あと、兄は戦争にいって帰国まで3年かかったとか、失踪した妻が戦災孤児であるかもしれないとか、戦中生まれが結婚するころの1960年代後半が舞台。狭い安アパートに人々がおしこめられ、自宅電話はほとんどがもっていなくて、3600円の支出が贅沢で、レストランは庶民には縁遠かったという時代。


 「犯罪の陰に女あり」とよくいわれるけど、これは主題が悪女。なのでフィルム・ノワール風味がでてきて、運命の女に振り回されたり、従順な女があるきっかけで男を手ごまに取るすべをおぼえていったり、と「女」の二面性とか攻撃性(必ずしも暴力を伴うものではない)を描いた。エッセイだと、作家本人は女性のことはよくわからないといっているので、さまざまな映画や翻訳小説などから「悪女」を構築していったのだろう。この国の小説にありがちなべたべたした恋情や妄執とは無縁で、乾いた心情の持ち主ばかりなのでね。
 そういうサスペンスやスリラーではあっても、探偵小説の謎解きをきちんと構築するのを忘れないのはさすがセンセー。探偵小説史、推理小説史にのこる傑作とはいいがたいけど、まだ若いセンセーの工夫を楽しむことにしよう。いくつかの趣向はのちのシリーズものに反映している。こういう単独ものでテストした趣向をシリーズものに開化していったわけだな。

<追記2021/5/5>
長らく絶版品切れだったが、2021年5月にちくま文庫で復刻。

こちらは古い角川文庫。