odd_hatchの読書ノート

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ウィリアム・アイリッシュ「短編集2 死の第3ラウンド」(創元推理文庫)

 アイリッシュの短編集は読んでは売り、また買うを繰り返したおかげで、何を読んだのかそうでないのかわからなくなってきた。今回はたぶん3回目(10代、30代、今回)。でも、ストーリーをすっかり忘れている。個人的な述懐はどうでもいいですか、そうですね。

消えた花嫁 (All at Once, No Alice) ・・・ 田舎の町で結婚式を挙げた世間知らずの青年。深夜ホテルを取って、別々にすごすことになった。翌日彼女を迎えに行くと、ホテルのフロント、ボーイ、その他すべてが彼も女性も知らないという。青年は警察に駆け込んで調査を依頼するものの、事態は変わらない。たまたま彼が妻のハンカチを持っていたことから、警部は青年を信用するようになった。とにかく冒頭から半分までの、青年が自暴自棄に陥るまでが秀逸。「幻の女」に通じる不条理感。後半はつじつまあわせに終始するので苦しいね。アイリッシュは「死者との結婚」とか「黒衣の花嫁」とかほかでも、結婚と葬式が同居するイメージをよく書いている。生涯独身、母との同居という生活がオブセッションの原因かしら。あと、これはさかさまになった「ローマの休日」なんだね。

墓とダイヤモンド(One Night to Be Dead Sure of) ・・・ タイトルは「灰とダイヤモンド」のパロディ。ワイダ監督の陰鬱な映画とは何の関係もありません。あるオールド・ミスが死んだ。鉄道王の父が残してくれた遺産であるダイヤモンドを墓に持ち込むことを遺言した。その新聞記事を読んだ二人の小悪党が葬儀の最中に奪取しようと悪戦苦闘。最後に、チックという親玉が墓(といっても大きな温室くらいはある)の天井を破って中に入るのだが、コクトー監督の映画「美女と野獣」を思い出した。

殺人物語 (Murder Story) ・・・ 売れないライターが友人の代作をしたら思いがけず売れてしまった。しかし代金が支払われない。貧窮しているライターは友人の完全殺人を決行し、その一部始終を小説にして雑誌に売ろうとした。殺人の発覚後、刑事が彼の家に入り浸る。この皮肉な物語からあえて教訓をえるのであれば、犯罪を犯したらその記録を残してはならない、たとえ締め切りの迫っている作家であっても、あたりかな。

死の第三ラウンド (Death in Round 3) ・・・ 八百長で勝ってきたボクシングのチャンピオン。今回は試合前に対戦者が裏切ることがわかった。そのとおりにチャンピオンは3ラウンドには青息吐息。終了ゴングが鳴ったとき、チャンピオンは倒れ、射殺されているのが見つかった。15年前の元チャンピオンはパンチドランカーで、今はチャンピオンのマッサージ担当。どうやらリング下にいた彼が犯人のようだ。その友人の刑事が事件を担当したが、元チャンピオンの特徴から別の犯人がいることが知れる。当時のボクシングは常設小屋で、1000人くらいが集まる中、賭けが合法的に行われていた。リングサイドにはギャングの親分とその情婦がいて、葉巻の煙と貧乏人の歓声に包まれていた。1970年以降の格闘技興業とは全く違うので、注意しないといけない。
ボクシング小説
ハメット「ああ、兄貴 」(ダシール・ハメット「スペイドという男」(創元推理文庫)
クイーン「正気にかえる」(エラリー・クイーン「エラリー・クイーンの新冒険」(創元推理文庫)


検視 (Post Mortem) ・・・ 最近再婚したばかりの中年女のところに、イギリス競馬でとんでもないあたりが出たことが知らされれる。しかし女は知らず、どうやら死んだばかりの元夫のやったことらしい。万馬券の行方を探るうちに、別の犯罪計画が進行していることがわかっていく。純真で、世間知らずの女が疑惑を持ってうろうろするさまがよく書かれている。

チャーリーは今夜もいない (Charlie Won't Be Home Tonight) ・・・ タバコ屋ばかりをねらう連続強盗「幽霊強盗」を老刑事が追いかける。ある事件でマリファナタバコをみつけ、おなじものが自宅でも見つかる。そういえば息子のチャーリーは最近家にいないようになった。しかも強盗のある夜は必ず家にいない。ということは・・・刑事の疑惑と不安は講じていく。ついに強盗は殺人を犯すまでになり、刑事は腹を据える。次の事件で、決着をつける。息子を殺して、自分も死のう。例によって老刑事に近すぎる視点で描写される。疑惑はどれも状況証拠で決定的なものはひとつとしてなく、冷静になれば息子には別の動機があることもわかるだろうに。暗闇の中で息子に「先に俺を撃て」というのはなかなか肝が据わっていないとできないだろうなあ。

街では殺人という (Town Says Murder) ・・・ 新進気鋭の弁護士が新聞で、かつてあこがれた舞台女優が殺人犯として裁判を受けていることをしる。そこで、かれは女優の弁護を買って出ることにした。しかし、状況は彼女に最悪だった。まず彼女の話をさかのぼると、舞台女優で最盛期のとき、彼女はある男の求婚を承諾し、引退して田舎町に引っ越してきた。偏屈な町の人びとは彼女を受け入れない。なにしろ夫は仕事のことは聞くなと厳命して、毎月半分ほどはどこかを旅している。夫が不在のときに、不審な男が夫の過去を教えてやろうと恐喝する。ここまでは「恐怖」「死者との結婚」ににている。異なるのは、過去を隠す側の視点ではなく、それに巻き込まれる側であること。ようやく妻は夫の過去を知り、それを受容し、新たな生活を送ろうとする(恐喝者は事故で死んでいた)。その計画を準備中、彼女は預かったピストルを家の裏に捨てるが、家の前にいた夫を射殺してしまった。ここは事件に巻き込まれて、無実のまま死刑をむかえようとする不安、焦燥が主題になり、「幻の女」に似てくる。さて、若いときの憧れの女優と再会し、彼女のためになろうと尽力する弁護士は法廷を事件現場に移動することを提案し、最終弁論を試みる。まあ、ここではハッピーエンドになって、弁護士は夢を実現することになる。こんなふうに3つの話が同時進行する。ここからあえて教訓を得ようとするのであれば、そうだなあ、ピストルを捨てるときは弾丸を抜いてからにしておこう、優秀な弁護士を友人にもっていれば気にしなくてもいいけど。

 たった6つの短編でありながら、サスペンス、スリラー、ユーモア、人情もの、警察ものなど多彩なジャンルを楽しむことができる。それ以前のミステリ作家とアイリッシュ、F.ブラウンあたりとの違いは、こういうジャンルを縦横に移動し、ミックスし、全体として当時の社会をヴィヴィッドに描き、より身近にいると思わせる卑俗な人物を描けるというところかしら。まあ、そのかわり意外な犯人、意外な犯行方法など本格ミステリの本分はなおざりになっています。