odd_hatchの読書ノート

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江戸川乱歩「世界短編傑作集 5」(創元推理文庫)

ベイリー「黄色いなめくじ」1935 ・・・ 小学生低学年の男の子が幼児の妹といっしょに沼に入って死のうとする(日本人だと心中だが、欧米だと心中という概念がないので、殺人と自殺とみなされる)。この子供たちに興味を持ったフォーチュン探偵は、二人の幼児の家庭に問題があることを発見する。仕事をしない父、心労と過労でやつれた母、小金を持っているが身寄りのない下宿人のオールドミス。このオールドミスが林の中で死体でいることが発見される。彼女のスカートになめくじの這ったあとがあることから驚愕の結末がわかる。子供の不憫さに涙するとともに、このころから子供にむける視線が変わってきたのだと思った(参考書はアリエス「子供の誕生」)

カーター・ディクスン「見知らぬ部屋の犯罪」1940 ・・・ 深夜泥酔して帰宅した青年、自分のアパートを開けたら、そこは見知らぬ部屋だった。しかも見知らぬ老人の死体。その直後に後頭部を殴られ気絶。気がつくと、見知らぬ部屋は消えていた。老人の死体はエレベーターの中で見つかる。ポイントは、アパート(日本のものではない)の一室が消失したこと。のちにクイーンが屋敷ひとつを消失させ、あるマジシャンがニューヨークの自由の女神を消して見せた。まあ、薄暗い照明、検証時間を短くするための舞台装置、観察者が正常な状態にないことなどがこのトリックを成立させる要件になる。21世紀になって手軽に世界の地図や航空写真をみられるようになると、この手の消失トリックは使えなくなる。クイーンならずとも犯罪捜査の科学化・システム化は探偵小説をつまらなくするなあ、と嘆息させられる(クイーン「盤面の敵」

コリアー「クリスマスに帰る」 ・・・ 謹直なドクターは不倫中。よくできた奥さんがうとましくなって殺意を持つ。なにしろ世話女房タイプのこの奥さん、彼のやることすべてを管理、手配してしまうのだ。ドクターは「クリスマスに帰る」という旅行にでかける。友人たちを招待した送別会のあと、奥さんを殺すことに成功。リゾートホテルでくつろぐドクターに一通の手紙が届く。その驚愕の内容。最後の一文ですべてがひっくり返るショートショートの傑作。ルベル「夜鳥」の系譜にあるもので、ずっと現代的。
2016/07/19 モーリス・ルヴェル「夜鳥」(創元推理文庫)-1
2016/07/20 モーリス・ルヴェル「夜鳥」(創元推理文庫)-2

アイリッシュ「爪」1941 ・・・ アイリッシュの短編では最も有名なものだろう。なのでサマリは省略。意外な隠し場所とグロテスク趣味の混交。

パトリック「ある殺人者の肖像」1942 ・・・ 第1次大戦中と思われるイギリスのギムナジウム。宗教心に凝り固まった資産家の父をもつ子供がいる。父の言動は滑稽で友人からからかわれるために、子供は父を憎んでいた。ギムナジウムが休暇になり、子供は実家に戻る。そのとき、父は突然失踪した。その1週間後、父は館内の金庫室に閉じ込められ、自殺しているのが見つかった。子供とはいえ14歳という設定。邪推するとツルゲーネフ「父と子」みたいな世代間の断絶を極端に表しているともいえるし、残酷さや犯罪傾向というのは子供のころからあるよということになるのか。

ヘクト「十五人の殺人者たち」1943 ・・・ Xクラブというのは高名な医師の集まり。このクラブは非公開で会員になることも難しい。なぜそうしているかというと、ここは高名な医師たちの誤診による「殺人」を告白する場であったからだ。おりしも最後の定期会で、新規会員が自分の殺人を告発する。しかし、医師の様子がおかしい。なにかあるのではないか。読了後にさわやかな感動を残す作品、と中島河太郎が書いている。1930年代の医師に求められていたものと。現代の医師に求められているものの違いに注意。カー「貴婦人として死す」に登場する医師が第2次大戦のロンドン空襲のさなか、手術中に爆死するというエピソードを思い出した。

ブラウン「危険な連中」1945 ・・・ 帰社途中の経理社員。近くの精神病院から脱走した殺人狂がいるといううわさにおびえているいる。駅の待合室には奇妙な男、体に合っていない服を着て眼の血走ったやつがいる。臆病な経理社員はたまたま持っていた拳銃を服に忍ばせた。奇妙な男は前日の深酒で二日酔い状態、彼は服に拳銃を忍ばせた経理社員を見て、彼が殺人狂ではないかと疑う。たった二人の登場人物、会話はなくそれぞれの心理描写のみ。そして意外な結末。文章でしか表現できないサスペンス。プロの作家の仕事。

スタウト「証拠のかわりに」1946 ・・・ ネロ・ウルフものの中篇。会社の共同経営者に殺されるのではないかとうたがう男が妻と一緒にウルフに護身を依頼する。その翌日、男は葉巻に仕掛けた爆薬で殺されていた。会社はその種のいたずらおもちゃを製造販売している会社で、似たような商品を作っている。例によってアーチーがクレーマー警部と動き回り、ウルフは部屋から一歩もでないで事件を解決する。解決の鮮やかさとかトリックの斬新さではなくて、語り口の妙とストーリーの面白さで読ませる。書かれてから60年もたっているのに古びてないのが不思議。

クック「悪夢」1950 ・・・ 心臓に持病を持っている奥さん。深夜ひとりきりでいるところに、不審な侵入者が現れる。そいつはハンマーを持って家にしのびこみ、彼女を追い詰める。映画「暗くなるまで待って」の田舎版というところ。

クイーン「黄金の二十」(評論)1943 ・・・ 古書史上重要な探偵小説の長編と短編集をそれぞれ10冊あげた評論。1970年代までは有効だったが、もう古すぎるなあ。でも、自分はこのあたりの時代の物が好きなので重宝する。でもほとんど読んでしまった。
<追記> クイーンの選考基準は古書としての価値を含んでいるので、小説の価値そのものではない。当時に初版が入手可能だったものを挙げている。
長編
ルルージュ事件(ガボリオー): 黒岩涙香訳「人耶鬼耶」
   
月長石(コリンズ)
リーヴンウォース事件(A・K・グリーン): 翻訳あり(絶版)
緋色の研究(ドイル)
トレント最後の事件(ベントリー)
樽(クロフツ
アクロイド殺し(クリスティ)
ベンスン殺人事件(ヴァン・ダイン)
マルタの鷹(ハメット)
犯行以前(アイルズ)

短編(集)
短編小説集(エドガー・A・ポー)
シャーロック・ホームズの冒険(ドイル)
マーティン・ヒューイット探偵(モリスン): 翻訳あり
隅の老人(オルツィー): 翻訳あり
ソーンダイク博士(フリーマン): 翻訳あり
ルーサー・トラントの功績(マクハーグ=ボルマー)
ブラウン神父の童心(チェスタトン)
マックス・カラドフ(ブラマ)
アブナー伯父(ポースト): 翻訳あり
フォーチュン氏を呼べ(ベイリー): 翻訳あり
※ 翻訳ありとしたのは創元推理文庫やハヤカワ文庫で傑作集がでている。有名作はアンソロジーに入っていることがある。


 このアンソロジーが1960年昭和35年に編まれたということが重要。1860年代のコリンズから、1960年の数年前に紹介されたばかりのブラウン、スタウトあたりまでを網羅しているということ。このころ海外ミステリを紹介する場所は、いくつかの雑誌に限られていただろうから、幅広い選択が可能になった。
 いま(2009年)に同じようなアンソロジーに最新のものを収録しようとすると、とてつもなく大変な作業になるだろう。あいにくのことながら、この後の傑作ミステリアンソロジーは(同じ文庫の中では)出版されていないので、1960年以降の優秀ミステリにどんなものがあるのかわからなくなった。
 もうひとつ、このアンソロジーにはポー、ホームズ、チェスタトンは収録されていない。これは既読であることが前提になっているからだろう。この傑作集は初心者のためのものだが、そうとはいっても、敷居はちょっと高めに設定されている。(それにつけても、最近の若い者は・・・と書きたくなる誘惑を抑えきれない。自分の精神の硬化を証明する語句なので、止めておくことにしよう。)
 あとこの5巻だけは、1950年に出版されたあるアンソロジーの訳であることがクレジットされている(自分が誤解している可能性もあることを記しておく)。なるほど、それ以前の巻とはすこし肌合いの異なる作品が収録されている。

2010/11/04 江戸川乱歩「世界短編傑作集 1」(創元推理文庫)
2010/11/05 江戸川乱歩「世界短編傑作集 2」(創元推理文庫)
2010/11/06 江戸川乱歩「世界短編傑作集 3」(創元推理文庫)
2010/11/07 江戸川乱歩「世界短編傑作集 4」(創元推理文庫)