odd_hatchの読書ノート

エントリーは2200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。

江戸川乱歩「うつし世は夢」(講談社文庫)

 戦後に書かれた随筆を集めたもの。生前には単行本に収録されなくて、没後の全集でまとられた。地方紙、業界紙、雑誌のコラムなどの小さいものがほとんど。まあ、どうしても読まなければならないというものではないですね。研究家、愛好家でないと手に取ることはまずない。ではなぜ読んだかというと、弟の買った本が置いてあったから。タイトルは、乱歩が色紙を求められた時によく書いた文句を使っている。

 乱歩の生涯を見ると、1894年生まれ。1923年デビュー。1965年没。ここに収録されているのは、1945年の敗戦以降のもの。彼は1935年の戦時体制によって創作発表の機会を失っていく。敗戦までその措置は続く。年齢は40歳から50歳。この時代は通俗長編が多く書かれて、次第に減っていくことになる。戦前の随筆集「悪人志願」などを読むと、自信喪失とか抑うつ症状みたいな状態になって、書くことが苦痛でもあったらしいから、このような外部の制限がなくても、なかなか創作するのは難しかったかも。そのあたりの忖度はこの程度にして。
 面白かったのは、戦後創刊された探偵小説雑誌「宝石」の編集に注力していったこと。手元の九鬼紫郎「探偵小説百科」(金園社)によると、「天狗煙草」で日本中に知られた岩谷商会の設立者(1900年を挟む30年間の天狗煙草と村井煙草の宣伝合戦は荒俣宏『黄金伝説』集英社に詳しい)の孫である岩谷満が敗戦で引き揚げたあとに発刊した。この人・満は詩人でもあって、城昌幸らと親しく、城らの懇請で探偵小説と詩の雑誌にしたとのこと。乱歩は疎開先から池袋に戻った後、城らから長編執筆を打診される。乱歩は創作は断り、英米探偵小説の紹介を書くことになる。創刊号には横溝正史「本陣殺人事件」などが掲載。ここで面白いのは新人発掘のために懸賞募集をして、飛鳥高香山滋山田風太郎、島田一男などを見出す。この新人発掘の懸賞募集は継続的に行われ、鮎川哲也土屋隆夫日影丈吉、藤村正夫などを排出する。まあ、ここらの名前をあげても、もう知っている人は少ないな。もっと後になると、星新一筒井康隆もここでデビュー。で、乱歩はこの編集と新人発掘に非常に積極的に関与していった。この随筆にも後半にこの話題を取り上げている。乱歩賞の創設もこの経緯があってのこと。仁木悦子の登場にもろ手を売って喜んでいる。ハードボイルドの大藪春彦は趣味が違うけど、探偵小説隆盛のために頑張ってといっている。ここらの稚気はこちらの読者の頬を緩ませる。経済的には厳しいだろうに。新人が出ること=業界が活発であること(生計を立てることができるのと、読者が増えて作品の量が増えること、作家と読者の批評によって作品の質が上がることだな)と考えて、それが楽しみであったのだな。現在、そういうことをしている作家はいるのかなあ(いるけど、自分が知らないだけかも)。
 「宝石」および岩谷書店の経営は悪化して1964年に岩谷書店を引き継いだ宝石社が倒産。「宝石」の誌名は光文社が引き継ぎ、現在に至る。