odd_hatchの読書ノート

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天野祐吉「巷談コピー南北朝」(朝日出版社)

 週刊本の一冊。
 広告ができるようになったのは、貨幣経済と商品流通市場ができ、かつ大量に購入する消費者が生まれてから。日本では、元禄の平賀源内その他の戯作者たちが開祖。このときは、商品そのものではなく、商品を使用したときのイメージを伝えるようにしていた。明治になって西洋の物産が入るようになると、商品の紹介、効能効果の説明が必要になり、広告は啓蒙になった。以後、1970年代までは啓蒙の広告が作られる。ただし、一部にはそうではない自立した広告を作るクリエイターもいた。
 後者の啓蒙広告を作るのを北朝、前者の自立したイメージ広告を作るのを南朝(たぶん、「軟調」とかけている)と呼ぶ。1985年時点で、南朝のコピーライターが活躍することを期待するよ、というのが趣旨。
 それから25年。いまはどうなっているのか、TVも新聞もみないので広告のことはよく知らない。
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 戦前のふるい広告を網羅した天野祐吉嘘八百」と「また嘘八百」_文春文庫は必須。荒俣宏の「広告図像の伝説」(平凡社)「黄金伝説」(集英社)と「商神の教え」(集英社文庫)も、産業考古学の研究には必読。とくに、天狗煙草と村井煙草の広告合戦は抱腹絶倒の面白さ。
 戦前のコピーライターとして著者が注目するのは片岡敏郎。スモカ歯磨のシリーズはとても面白い。「片岡敏郎スモカ広告全集」が1985年に出版。古書価はあまり高くないので、この仕事を目指す人は買ってもいいんじゃない。ネットではあまり紹介されていないなあ。
 重要な人物に宮武外骨がいて、赤瀬川源平「外骨という人がいた」(ちくま文庫)をまず読んでおかないと。そのうえで「滑稽漫画館」「面白半分」(河出文庫)を読み、明治後半の優れた編集者に思いをはせよう。

追記(2013/10/21)
 著者の天野祐吉さんが、2013年10月20日に亡くなりました。享年80歳。
 楽しい文章をたくさん読みました。ありがとうございました。