odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

田崎晴明「やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」(web) 想定されている読み手は中学生。でも、論理と倫理は高度。理解できるようになりましょう。

  学習院大学理学部の著者がwebで公開した「本」。まだ出版されてもいない*1。しかも公開されて2日目くらいかな。通常、このblogでは古本ばかりを扱うのだが、今回は取り上げることにする。というのは、福島原子力発電所の事故と放射線漏れについて、たくさんの本が出版されているが、どうにもどれひとつとして読む気持ちになれなかった。変な感情でもって食わず嫌いをしていたのだけど、ようやく読むべき本が出てきたなと判断したので。
 全部で128ページ。まえがきや付録を加えて173ページ。読みなれている人なら2時間くらいで読めます。想定されている読み手は中学生。でも、論理と倫理は高度。この内容が難しかったら、「何を信じてよいかわからない」と混乱しているのなら、まずこの本を理解できるようになるとよい。そのとき、高校の科学の教師を招いて勉強会をすることを推奨。というか、1950-70年代の原水爆禁止運動や公害反対運動では、高校の教師を講師にした勉強会が各地であったのだよ(宇井純「公害列島70年代」「公害原論」など)。その伝統は継承してよい。他人に助けてもらうのは恥ずかしくない。
 章立ては以下の通り。
第1 章 はじめに
第2 章 放射性物質放射線
第3 章 原子力原子力発電所事故
第4 章 放射線の被曝と健康への影響
第5 章 放射性セシウムによる地面の汚染
第6 章 放射性セシウムによる食品の汚染
第7 章 さいごに
 内容は自分が紹介すると間違いを生むので、周辺事項だけ。
・ここでは、東京電力とか政府とかの責任追及はとりあえずカッコにいれている。そこを考えると、怒りとか憤りとかさまざまな感情が湧いてきて、読み手がどのように生活するか、リスクを考えるかを冷静に考えることができなくなるため。「これらの事故の当事者に責任がない」と著者が考えているわけではない。それはそれ、こちらはこちらと切り分けているだけ。
・読むときに注意してほしいのは
(1)単位系をしっかりと学ぼう。SvとSv/hの意味は違うよ、とかそのようなこと。ここを混乱すると、計算を間違えて判断が変なほうにいく。
(2)疫学の考え方をしっかりと学ぼう。
(3)リスクの考え方をしっかりと学ぼう。
・読み手の側は、自分の立ち位置に合わせて、この本を使った計算をしてほしい。読み手が、危険区域に隣接したところにいるのか、数百km離れたところにいるのか。室内で仕事をしているのか、屋外で仕事をしているのか。放射線物質を日常的に扱う仕事なのか、そうではないのか。老いているのか、若いのか、乳幼児の面倒を見ているのか。こういう立ち位置の違いをしっかりと意識すること。
・さらには、自分の判断を他者に押し付けることに慎重であること。自分の判断と異なる判断を他者や行政府が行ったからといって、彼らが100%間違っていると考えるのは危険。自分がなにかの思い込みをもっているのではないか、自分に最適な判断がもしかしたら他者に被害をもたらしているのではないか、と、自分の感情や利害などを突き放してみることが必要。

 個人的には、原子から元素へ、さらに化合物が作られる仕組みとか、生体内の物質の挙動(食べたものが吸収されて血肉になり老廃物が排除されること)、細胞分裂や生殖と遺伝の話、生態系の物質の挙動などの話もしてほしいけど、これらを含めると膨大な量になる。なので、各自補習することになる。というか、放射線の話をするなら、この範囲の知識を高校教育のレベルで身に着けてほしいのだ。そのために、高校の教科書を横に置いてこの本を読んでほしい。もう捨てたという人には、左巻健男「新しい高校化学の教科書」「新しい高校物理の教科書」「新しい高校生物の教科書」(講談社ブルーバックス)あたりが参考になるかな。
 「さいごに」に書かれた内容は、後世の科学史家が「科学者の社会的責任」について論述するときに必ず参照する文章だと思うので、併せて熟読してほしい。

 以下のサイトからダウンロードできる。このエントリーを読んだ人はダウンロードしてください。商売目的でなければ自由につかってOKと書いてあるので、周辺の人に配布してください。ぜひとも、熱烈に、推奨。
RadBookBasic