odd_hatchの読書ノート

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今西錦司「世界の歴史01 人類の誕生」(河出文庫)

 1960年代に出版社は叢書や通史などの巨大な書物をつくることが多かった。その象徴が平凡社の百科事典で、販売の成功(百科事典のセールスマンが団地に営業をかけるというくらい。イギリスの成功例を導入したもの。この国では1980年代頭まであった)にあったのかもしれない。世界史や日本史では中央公論社、河出書房、岩波書店などが制作。中央公論社の世界史と日本史、河出の世界史はいまでも文庫で読むことができる。中央公論社のは学問的正確さに主眼を置き(そのかわりに味気ない既述と煩瑣なほどの細かさは読み手を選ぶ)、河出のは物語の面白さに主眼を置いた(そのかわりに正確さと客観性を失っている)。

 河出の世界の歴史シリーズの巻頭を飾る一冊。ユニークなのは無文字時代どころか人類の誕生からで一冊を構成してしまうこと。たいていの歴史記述だと、このあたりは生物学や文化人類学など別の分野が担当し、世界史の記述では100ページも書けないものなのだが。なので、この「世界の歴史」にはチンパンジーやゴリラの社会を研究した章がはいっている。
 さて、人類の誕生をどこに定めるかというのはなかなか難しい。とりあえずモグラの仲間から樹上生活に移行したサルの先祖になる種類の出た1700万年前から記述は開始する。霊長類の仲間はおよそ200万年まえとされ、サルと人間の区別をつけるのも困難であるが、猿人・原人・新人などのさまざまな種が現れて、現代のヒトにつながる種はおよそ50万年まえにあらわれたとする。あくまで1960年代の記述で、その後の研究でいろいろ覆されているだろうから、あまり信用しないように(この分野は追いかけていないので、最近の情報は知りません)。
 自分の興味に合わせて面白かったのは、この「人類の誕生」テーマは19世紀の後半から研究が始まって、猿人・原人・新人などの区分がすでにそのときにあったということ。このとき考えの枠組みをつくるにあたり、大きな影響を与えたのがエルンスト・ヘッケルだった。意外な人物の名前をここで耳にした。通常「個体発生は系統発生を繰り返す」という反復説でしか名前を知られていないこの研究者が、サルとヒトの間の「ミッシング・リンク」と、サルからヒトまでの単系統説を唱えた。このドグマは強烈な影響があったようで、20世紀の考古学や古生物学はヘッケルのドグマ(それはヨーロッパ中心主義でもある)を克服することでもあったらしい。なので、この本でも非主流の研究者が多源説(複数の起源があるとか、多系統であるとか、ヨーロッパ以外に起原があるとか)を主張しては、当時の単源説に批判されて、のちに再評価されたという話が頻出する。
 そして、サルとヒトを区別するさまざな特徴の起源を探る。取り上げられるのは、二足歩行・道具・言語・家族・家畜や牧畜・栽培と農業・料理・文明(貯蔵・分業・国家・軍隊と戦争)など。できるかぎりの正確さと客観性を持たせようとしながらも、起原を語るときには「物語」になってしまう。すなわち物的証拠をほとんど採用しないで、想像と推理で埋めていくのだ。ここで著者を確認すると、今西錦司(と彼の弟子にあたる京都大学の研究者)。彼の個性はこの本にも表れていて、序章では歴史や科学を既述するとき実証主義ではなく推理主義でもよいとか、さまざまな特徴の起源に「いっきに変わる」「変わるべくして変わる」「適応」といった彼の独特の用語で説明してしまう。そのうえ、文明の発生で、宗教・国家・分業・軍隊などが誕生する段を説明するときにはマルクス主義の用語と歴史観が登場。
 情報の古さには目をつぶれるとしても、著者たちの思想に共感できないので、途中をすっとばしながらの読書だった。

<参考エントリー: 今西錦司について>
今西錦司「進化とはなにか」(講談社学術文庫)
柴谷篤弘「今西進化論批判試論」(朝日出版社)