odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

森村誠一「悪魔の飽食」(カッパノベルス)

 1982年のベストセラー。百万部を超えたらしい。このような陰惨なノンフィクションを受け入れる土壌があったことを懐かしく思い出す。レーガン政権になって核戦争の可能性が増したと思われた時代だったこと、それから医療行政の不手際が目立つことあたりがその背景にあったと思う。
 詳細は紹介しない。平岡正明「日本人は中国で何をしたか」などでいくつかの事例は紹介されていた。またクリスチャン・ベルナダク「呪われた医師たち」というノンフィクションで、ナチスの人体実験や生体解剖なども紹介されていた。
 重要な点はふたつ。なぜ、731部隊の医師や軍人はこのような他者危害を当然とするような行為を行ったのか、あるいは積極的に加担したのか。作者は「悪魔」と説明するのだが、「悪魔」はもっと人間の実存をおびやかす哲学的な存在だ。そのような人物は731のどこにもいない。かれらを悪魔とののしったところで、かれらは一切の痛痒をかんじないだろう。そこにいたのは、高給と立身出世の世俗的な見返りをもとめて職を得たたんなる小役人なのだ。トップの石井からして、高級官僚の一員に過ぎない。その下部組織の一切が、単なる役所・官僚組織として運営されていて、そこには責任をとるとか思想を徹底するなどの「人間」的なものはなかった。8月9日以降の破壊作業の後にたいていは帰国し、製薬会社や大学医学部で高給取りの職員になり、口をつぐんでしまった(この本が書かれたのは、そのような731の元隊員が定年や引退をしたり、亡くなった後だった)。
 もうひとつは、なぜ彼らを戦争犯罪人として裁くことができなかったかということ。トップ連中の巧妙な立ち回りや占領国の思惑などが重なった結果なのだろうが、下部組織の成員から告発が一切行われなったことに注目する。石井以下が731の件は口外無用と厳命したらしい。まあ通常は組織の命令よりも、道徳のほうが優先するのだと理想主義的に思いたいのだが、この国では道徳的に生きること、組織を裏切ること、共同体から疎外される行為を選ぶことはなかなか難しいのだ、とそのように思う。731が稼動中だったころに、「マルタ」による反乱が2回ほどあったらしい。その行動に感動するとともに、彼らに加担した日本人がひとりもいなかったことに落胆する。
 この本には、写真の誤用があって(731部隊の関係者と名乗る男から受け取った写真を731の生体解剖実験として発表したところ、じつは部隊とは関係のない別の写真であったということ)、光文社版は絶版になった。それを引き継いだのが角川書店。のちに角川ブックスで3巻が再販され、文庫に収録された。