odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

鈴木邦男「腹腹時計と狼」(三一新書) 1974年8月から翌年5月の企業を標的にした爆弾テロ事件を右翼雑誌が解説する。

 1974年8月から翌年5月にかけて、企業を標的にした爆弾テロ事件が頻発した。犯行声明は「東アジア反日戦線」の名前でだされた。一連の事件の経過は
連続企業爆破事件 - Wikipedia
東アジア反日武装戦線 - Wikipedia
を参照してください。

 この事件が衝撃を与えたのは、この本を読んだ限りでは、過去の「アジア侵略」に加担したとされる企業がターゲットにされたこと(それまでは国家や自治体、大学など)、いろいろな手違いで社員や通行人など無関係な人が殺傷されたこと、実行したグループが街頭闘争を行わずテロを起こすことを目的にしていたこと、あたりになるのかな。このグループは全共闘の自己否定をさらに徹底して、20世紀前半のこの国が行ったアジア侵略を厳しく批判し、抑圧者・侵略国家の一員であることを自覚し、被抑圧者・被侵略者と連帯してこの国を解体することを目標にしているらしい。その方法は、テロでもって社会に騒擾状態を作り出し、そこにおいて市民・人民から社会の不満や国家への不満を具体的に引き出し、もって国家の転覆と解体を実行するというもののようだ。では国家なき社会をどのように構成するかというと具体的な展望や指針はなく、彼らは社会転覆の最前線に立って最初に死に、彼らを乗り越えた市民・人民が構想するものであればよいということらしい。アナキズムの思想の影響かしら。なので、レーニン主義諸党のような可視の組織をつくって拡張したり、街頭闘争をすることには一切興味がなく、秘密結社の運営と個人のテロに専念する。19世紀フランスのプルードンバクーニンの秘密結社や同じくロシアの「人民の意志」党のこの国バージョン。
 この考えのまずいところは、自分らが国家や歴史を「自己否定」した末に被抑圧者や被侵略者の解放のために運動を実行することを決めたとき、彼らのよって立つ被抑圧者や被侵略者が実在の人々やグループなどとのかかわりがあるのかを検証しないところ。彼らの「正義」が彼らの共有する国家や過去の侵略行為が、観念(というか妄想)に昇華されて、現実との接点を失う。
 結果として、独りよがりの正義を振り回して、彼らの批判する侵略国家や侵略企業と全く同じことを実行してしまう。自分を被害者なり加害者なりの自己規定をして万人の解放をミッションにすると、くらしやはたらきやあそびなどの人間らしさから遊離して、どんどん観念に惑わされて、社会から遊離するのだよね。解脱者、奉仕者と自己規定するカルト宗教のメンバーでも同様の事例がたくさんある。彼らの正義や解放は共感されないし、共有されない。彼らの運動は社会の支持がなく、その理由を外部の求めるから(人々が決起しないから、理解しないから、などなど)、ますます自分の「正義」の当否を検証しないで、自分の「正義」を他人に押し付けようと力づくで行動する。そしてますます袋小路へ。
 社会変革の運動をするとき、くらしやはたらきやあそびから自分を切り離して、変革の専門家になることは、きわめて危険。成果やパフォーマンスが組織外のステークホルダーの要望やニーズにこたえているのか検証し、自己改善する仕組みを備えなくなるし、組織内を権威主義的に運営するので、人間性や自由を抑圧したり、民主主義や多数決原理をとらなくなる。ここは重要で、動機や目的で運動や組織を評価するのはいけない。なので、自分はこのグループに一切のシンパシーをもたない。
 さて、そのような運動であったが、連合赤軍事件裁判とことなり、この犯行グループの裁判ではたくさんの支持者を得た。支援グループができ毎回の裁判にはたくさんの傍聴者が集まり、継続的なカンパニアがたくさん生まれた。その背景には二つあるようで、ひとつは日本国家の「侵略性」を徹底的に批判したところ(それまでの新旧左翼にはそこまでの徹底性がなかった)。もうひとつはテロリストないし都市ゲリラとしてストイックな生活をしていたこと。後者は、同様なテロリズムの系譜を持つ民族主義者に影響を与えたらしい。犯行グループが青酸カリを持ち歩いていたとか、数名が逮捕直後に自殺したとかが、琴線に触れたのか。この本はその一種。著者は一水会というグループの主催者で、もとは「やまと新聞」の連載。それをウニタ書房の店主が三一書房に持ち込んで出版されたという経緯を持つ。経緯の奇妙さは、その当時を知らないとわからないと思うが、あえて説明しない。
 この本のテーマには、警察による国民監視、それに加担するメディアの腐敗というのもあるが、陰謀論を持ち出したりするので、説得的ではない。左翼同様、右翼も公安の監視対象になっていた/いることを確認できれば、それでよい。
 タイトルの「腹腹時計」は犯行グループの製作した都市ゲリラ教本。都市ゲリラの心得や爆弾製造法が書かれているとされる。心得のほうはこの本に盛んに引用されている。「狼」は犯行グループのなかの一組織名。