odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

都筑道夫「新顎十郎捕物帳 2」(講談社) 顎十郎パスティーシュ第2弾。作家は謎解きよりも江戸の失われた風俗を記録するのに熱中したとみえる。

 さて、第2巻。

三味線堀 ・・・ 顎十郎、街中を歩いていると変装した大盗賊・伏鐘の重三郎に呼び止められる。部下が殺されたので敵をとってくれというのだ。ある夕立の中、部下が雨を避けようとしていると突然の雷、橋の上で崩れ落ちたところに、南町奉行所藤波友衛が走り寄ると、腹を刺されて死んでいた。武家屋敷の間にある橋を藤波が見張っていたので、下手人は逃げるところもないし、なにしろ姿が見えなかった。土砂降りのなかの密室殺人! 中間部屋の様子が生き生きとしていて、そこを読むだけで元を取れる。あと、ラストの顎十郎と伏鐘の駆け引きもしゃれている。

貧乏神 ・・・ 顎十郎のもとに貧乏神がでてきて、友人の貧乏神の困りを助けてくれという。小さな旗本の当主、20歳の若さで「御病気」になり座敷牢に入れられていたところ、鍵のかかった牢の中で胸を刺されて死んでいた。おりしも養子縁組の話が進んでいて、当主の親兄弟、若い妻などが困惑している。多少の誇張はあっても、「家」を守る、格式を重んじるというのは肩が凝るねえ。落語めいたオチでふっと肩の荷が下りて、くすっと笑えるのがよい。

亀屋たばこ入 ・・・ 花嫁衣裳ののっぺらぼうがでるというので、中間たちがふんづかまえてくると、なんと美しい若い娘。話を聞くと、1年前に姉が殺されてから、店はのっとられるわ、父は死ぬわといい目がない。そこでせめて姉を殺した奴を捕まえたいというのだ。浪花節のような悲しい境遇に涙をぬぐった中間と顎十郎は腰をあげることにする。もちろん、ひょろ松に手柄を立てさせることを忘れない。

離魂病 ・・・ 離魂病とは本当にあるんでしょうかねえ、とひょろ松が難題を持ってきた。紙屋の大旦那が見知らぬ芸妓の師匠に約束の結婚をすぐしろと迫られ、相談した兄の戯作者は殺されてしまう。嫌疑はもちろん離魂病の大旦那にかかったのだが、そこは酒の力という奴、顎十郎が今回も謎解きに乗り出す。

さみだれ坊主 ・・・ 雨の日を選んで盗みを働き、あとに坊主の札を残していく盗賊がいる。人呼んで「さみだれ坊主」あるいは「雨降り小僧」。ひょろ松が網を張っていたところに現れたのだが、逃げてしまった。そこで例によって顎十郎の登場。最後に姿を見かけたあたりには、浪人に按摩にうたいの師匠にと多彩な面々。さて、顎十郎は昔、松・鶴・桐・坊主の符丁で呼び合う強盗団がいたことを思い出し、その復讐ではないかと思う。強盗が姿を隠すならどこにいるのか。久々に花世が登場するも2ページ足らずで消えてしまうのはもったいない。

閻魔堂橋 ・・・ 14くらいの小娘が身投げしようとしているのを止めて話をきくと、父ちゃんの敵を閻魔様に聞きに行くのだという。詳しくたずねると、父が腹を刺され息を引き取る前に「お閻魔様に・・・」といったというのだ。この不思議な言葉の謎を解きに、顎十郎、またしても出張ることになる。

 都筑センセーもそろそろ60代、以前のような謎解きにはもはや熱意を持てずに、むしろ江戸の失われた風俗を記録するのに熱中したとみえる。おかげで昔の地名が書き連ねられ、土地勘のないものには少しばかり迂遠にすぎる記述と思うだろう。なるほど自分は一時期小舟町の職場にいたので、すこしはなじみのある地名とはいえ、そういう土地勘のあるものでも少しばかりくどいかな。あと10年もすると注釈なしで読める読者は激減すると思うので、たとえば地図をいれてもいいではないかしら。
 元の久生十蘭の「顎十郎」は20年も昔に読んだので正確なところは覚えていないのだが、自分の記憶では十蘭の顎十郎はもっと人に冷淡で超然とした面持ちではなかったかな。それに都筑センセーの顎十郎は少し酒に卑しく思え、剣を振り回す回数が増え、風体の描写を除くと砂絵のセンセーと顎十郎の違いがあまりわからなくなってくる。第1巻ではパスティーシュではあったが、こちらの巻になると自分の土俵にひきつけ過ぎているのではないかしら。もちろんよいストーリーを読んだのであって、以上は言わずもがなのいいがかり。