odd_hatchの読書ノート

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久生十蘭「日本探偵小説全集 8」(創元推理文庫)  顎十郎捕物帖-2

2019/07/26 久生十蘭「日本探偵小説全集 8」(創元推理文庫)  顎十郎捕物帖-1 1939年に続けて後半12編。

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遠島船 ・・・ 時は文久二年というから1862年。初鰹船が伊豆沖で遠島船(まあ、八丈あたりに罪人を送る船と思いなせえ)にであう。奇妙なのは、飯がたけ磨ったばかりの墨が黒々としているのに、だれも乗っていないのだ。本邦のマリー・セレスト号事件!!書かれた時代にはこの事件が知られていたのだね。どうやって船から23人を消したのか。顎十郎のライバル伏鐘の重三郎登場。

蕃拉布 ・・・ 題名は「ハンドカチフ」と読む。攘夷の風すさまじいが、江戸には開化と海外貿易をたくらむ意気軒昂な商人6人がいる。洋装に懐中時計に身を固め、定例の商談会議。遅れてきた佐原屋、土砂降りの雨に降られて濡鼠。ふっと蝋燭の明かりが消え、真っ暗になったのが2-3分。ドタバタしてようやく明かりをともすと、蕃拉布で首を絞められている。その帰り、水路に落っこちた佐倉屋も水中で首を絞められて殺された。さてどうやって。過去の因縁は謎解きの直前に知れるので、ちょっと犯人あては難しい。

日高川 ・・・ ひょろ松の実家の七年法要につきあって小金井まででたら、庄屋・名主の娘が蛇に取りつかれたという。覚念坊なる行者に蛇落としを頼むもはかばかしくなく、しかも名主も八つの時刻(午後2時ころ)に蛇の主を欄間に見たという。さて、どうしたのでしょう。まあ、乱歩も好きなトリックだけど、時代を遡らせれば立派に通用する。後ろで進む陰謀が恐ろしい。

菊香水 ・・・ 顎十郎のもとに誘いが来て、今晩宴を開くのでぜひ来い、酒肴に贅をつくし、腰元女中になんでも申し付けてよい、とある。手紙を返して、そこに行くと確かにその通りの見事な宴。顎十郎は飯に目がないのか、見事なメニューを開陳。読んでいるだけで涎が垂れそう。酔眼も開けられなくなるころ、藤波友衛が来て、こやつ泥棒の片棒を担いだなと逮捕してしまった。さて、どうやってこの苦境を打開するか。見知らぬ人からの宴会の誘い、は都筑センセーが大好きで、「なめくじ長屋」と「顎十郎」(「きつね姫」「闇かぐら」)に登場。たしか、そこでもうまそうなメニューを作っていたなあ。

初春狸合戦 ・・・ こんなタイトルの和製ミュージカルが当時作られていたなあ。前の事件で泥棒の片割れという嫌疑を受けて、顎十郎、さっさと役人をやめてしまった。中間部屋に入り浸るのをやめて、駕籠かきに変身。まったく客がないところを狸が引越しをするから毎日連れてくれという依頼。それが7日続く。最後に乗せたあでな姉さんが切り殺され、顎十郎が受け取ったのは木の葉ならぬ、贋金。まあ、尻つぼみの感もするが、幕開けから食い逃げまでの導入部分が面白いので許す。

永代経 ・・・ 左前になった藍染屋の隣に、粋な料理屋ができて大繁盛。敷地を買いたいと持ちかけたが、藍染屋がうんといわない。そうこうするうちに、藍染屋の女房は三行半をたたきつけて料理屋に働きにで、主人と再婚してしまった。墓地の草むしりしか趣味のない藍染屋で付け火が起こり、藍染屋は瓦のうえで焼死。元女房は蔵の中で毒を盛られていた。この時期、顎十郎はまだ駕籠かきだが、ひょろ松は頼りにしている。

両国の大鯨 ・・・ 江戸川を上った長さ六尺の鯨が見世物になった。千人、二千人が集まる大繁盛。それが二日目の夜、忽然と姿を消してしまった。大胆だねえ。その直前には伏鐘の重三郎が会津の軍用金6万両を盗むという大芸当を見せ、大捕物の末追いつめたが、見失うという事件も起きている。なんとも、稀有壮大な謎を見せたもの。

金鳳釵 ・・・ ある二つの店が息子娘を許嫁にする約束をした。片方は息子をつれて清にわたる。残された娘は会ったこともない息子を待ちわび、とうとう病で亡くなった。その法事のとき、なんと娘は生き返り、時を同じくして帰ってきた息子と祝言をあげることになった。ここに顎十郎に注進にきたのは生き返った娘の妹、どうも人が変わってしまったみたいというわけ。どうやって死びとを生き返らせたのか、顎十郎は手妻のたねを見つけられるか。

かごやの客 ・・・ もと中間の六平が居酒屋を開いた。当時は開店日にはただで酒をふるまったらしい。それをあてにきた顎十郎、六平の自慢話を聞かされる。すなわち、自分が呼び出せば32万石のお姫様がここにきて酌をすると。手紙を書いたら本当にお姫様が来た。ただし、逃げ出した顎十郎を除く六人が毒殺されたのだが。ええと、証言では○人だったが、盃の数を数えると理屈にあわない、というのはチェスタトンもやっていた。「手早いやつ@ブラウン神父の醜聞」。

小鰭の鮨 ・・・ 秋の中ごろか、菊人形の祭りのあるころ、小鰭(こはだ)の鮨売りが出歩いたあとに、箱入り娘が失踪する事件が相次いだ。なにしろ、小鰭の鮨売りときては役者くずれか常磐津の芸達者など、男ぶりと声で聴かせるという評判。なので、小娘に、年増に、女中までが熱をあげるという次第。江戸中の小鰭の鮨売りをひっとらえたが(全部で40人というのは多いのか少ないのか)、全員事件には無関係と知れる。そこで顎十郎、とある芝居小屋が新作・小鰭の鮨を上演するというのを聞き出した。

猫眼の男 ・・・ 府中の大国魂神社の暗闇祭。まあ、歌垣とかねぶたみたいなもんで若い連中がはめをはずせる一夜だ。でもって、去年、乳繰り合ってすっかりのぼせた男が、娘の結婚に腹を立て一家皆殺しだとわめいているので、ひょろ松が出張る。顎十郎はひょろ松をのせて府中まで走る。東京オリンピックアベベに円谷にヒートリーが走った道だろう。でもって、真っ暗闇の中、一家はみな盆の窪(まあ、延髄に達する後頭部の一部だね)に矢を撃ち込まれていた。暗闇祭りだけあって、一寸先まで見えないなか、どうやって、正確な急所を見つけ出したか。

蝶螺 ・・・ 原題は「いもり」と読む。ヤモリとは違うよ。阿波屋という店だなで人死にが続き、半年で六人が死んでしまい、あとは末娘の一人だけ。そのうわさを聞いた顎十郎のもと大工の清五郎がきて、俺のせいだ、屋根裏にヤモリが五寸釘でたたかれているのを見逃し、たたりが家に来るのをこまねいたからだ、という。というわけで、顎十郎は阿波屋に張り込むことにする。

 

 都筑道夫によると(たぶん三一書房の全集解説だ)、作者は15話「日高川」あたりで主人公・顎十郎への熱が冷めてしまったという。なるほど、役人をやめて駕籠かきになってから、どうも事件の語り口がたどたどしくなって、主筋には関係ないわきの薀蓄語りに精を出し、後半になって駆け足に解決し、その説明もそりゃどうもといいたくなるような現実味のないものとなると、センセーのいうとおりのなのかもしれない。最後の三編は作者の名誉にはならないようなやっつけ仕事と見えるのが悲しい。
 役人をやめて駕籠かきに身を隠す顎十郎の心根がどうにも計り兼ねるというのが、読者である自分の不満か。顎十郎は役人勤めをするには無頼にすぎるとしても、無縁で苦界の世界に身を落とすには矜持が強すぎたというのか。彼の能力であれば、たぶん維新のどさくさにまぎれて、新政府のどこかに潜り込み、廃刀令にもわれ関せずで、自立の道をたどれただろう。とすると、侍をやめてとことん世界の底辺にまで落ちていくことを決意した砂絵のセンセーの心根のほうがもっとしっかりしているのではないか、とおかしな妄想をすることになり、「なめくじ長屋」はこの顎十郎捕物帳が終わったところから始まっているのだな、と納得する。
 1860年前後の江戸とその界隈の風情に風習がしっかりと書かれていて、ときに民族学の貴重な証言でもあるかのような描写がでてきて珍重する。都筑センセーの作でいうと「東京夢幻図絵」に似ているかな。

  


 都筑道夫が遺族の承認を得て、顎十郎のパスティーシュを書いている。下記エントリーを参考に。
2012/10/20 都筑道夫「新顎十郎捕物帳」(講談社文庫)
2012/10/19 都筑道夫「新顎十郎捕物帳 2」(講談社)