odd_hatchの読書ノート

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トーヴェ・ヤンソン「ムーミンパパ海に行く」(講談社文庫) 個人主義を徹底すると他人に弱みを見せられない。

 憂鬱が募ったムーミンパパは、家族の賛同を得ないで、灯台守になることにした。付き添うのは、ママにムーミントロールにちびのメイ(いつのまにかムーミン家の養子になっていた)の3人。島には灯台はあるものの無人で放置され、無口で人嫌いの漁師がいるだけ。たったこれだけの登場人物がいるだけ。それでいてかなり長い物語を語るのだから、作者の力量はたいしたもの(そのぶん、こどもにはわかりにくくなってしまった。ガキで読んだときにはかなり退屈だったよ)。

 主題は個人主義とその孤独あたりかな。島についた一家は全員協力して事に当たるのではない。パパは島の調査と称して外を出歩いているし、ママは荷物の整理に、薪つくりに、家の中に絵を描くことに熱中、メイは例によって一人で島の探索に行き、ヒースの藪の中に格好の隠れ家をみつける。トロールは、夜に浜辺で出会ったうみうまとモランに興味をひかれ、毎夜海岸にでかける。島のどこかにいる漁師は彼らに姿を現さない。とりわけ孤独の目立つのはパパで、家族のためにさまざまなことを試みるが、どうもからまわり。本人も自分がへまばかりしていることを自覚しているが、家族の「父」であるときに、弱みをみせられないという決意をもっているのだろう。まあ、この国のお父さんのように酒を飲んだくれたところを息子娘に見られるとか、だらしない恰好をたしなめられるようなことはできないのだ。なので、ますます彼の孤独はいや増すことになり、ついには島にある池の秘密を解くことに熱中する。その熱意はだれにも伝わらないけど。
 一方、孤独を自立の糧にしているのがムーミントロール。上記のように異界の生き物であるうみうまとモランに魅せられる。うみうまは月の出る晩に海辺で遊ぶ二組の生き物。過去も未来もなく、現在を自由に使っている妖精だな。トロールは彼ら(彼女ら?性の区別はないみたい)の気を引こうとするが、うみうまは無関心。一方、モランは孤独な氷の魔物。彼女の悲しみに深さによって、地面は凍りつき永久に植物は生えない。彼女が島に来たおかげで、島の木は移動するし、島の一部も海に沈もうとする。一家はこれは自然災害と思っているが、トロールにはモランのせいであることを理解していて、彼女のためにカンテラの灯を点すことを続ける。こちらでも結局はモランと会話することはできずしまいなのだけれど、モランが島を出ていくとき、その肩にある孤独は少し癒されているみたい。ついにコミュニケートできなかったにしても、トロールが自分の意思で動こうとし、それを家族に秘密にしていることは大きな変化。
 あとはママにも注目。この冷静で家族思いの女性も、無人島の孤独で「母」であることの辛さに向き合う。薪つくりに精を出しすぎ、自分の背よりも高く積んで周囲の視線を遮り、孤独にふけったり。さらには家の壁にムーミン谷を再現する絵を書いていく。なんかここには狂気じみたところを感じた。
 たぶんこのあたりの感情、というかすれ違いの原因になったのは灯台守の不在と偏屈な漁師の存在なのだろう。ファロスの象徴のような灯台に主人がいないことで、豊饒さが失われ、共同体の力が失われているというフロイト的な読み取りができるかも。パパが灯台守になっても、孤独が癒されないのと、ママとパパの関係がうまくいかないのもこの方向からの読み方ができるかな。ガキの年齢で読んだときに最も印象的だったのは、パパと漁師が帽子を交換するところ。

「やあ、思いだしたよ。おれたちは、帽子をまちがえてたね(P278)」。

 あと面白かったのは、後半に島と海の秘密を説こうとするパパがもの思いにふけるとき、海や島をひとつの生き物、生命と思うところ。生きてはいるけど、ムーミンたちと同じ言語、思考法を持っていないので、コミュニケート不可能なのではないか、彼らの活動に法則や規則を見いだせないのは、それが理由なのではないか。ああ、スタニスワフ・レム「ソラリスの陽のもとに」と同じ主題と設定がここにもあったんだ。バルト海を挟んだ小国の作家がほぼ同時期に同じアイデアを持っていたことに驚いた。トーヴェ・ヤンソンムーミンパパ海に行く」は1965年、スタニスワフ・レムソラリスの陽のもとに」は1961年。



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