odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

渡邊芳之 「「モード」性格論」(紀伊国屋書店)-1

 ずっと自分は他人の性格を読んだり、行動パターンを見出せない(というバイアスを持っているのだろうなあ)。なので、クラスメートや会社の同僚を紹介するのがすごく苦手。自分の行動にも臆病なところと激情的なところがあって、状況に応じてどの感情が先にでるのか予測しがたい。なので、「性格」とはなんじゃらほい、とか、そんなんないじゃねえのとか思っていて、最近の心理学の本を読んでこなかった。著者はtwitterで興味深い発言を続けている学者さん(追記:2016年ころにやめました)。なので、読むことにした。

第1章 日常のなかの性格 ・・・ 性格を知りたいのは、行動の原因を理解し、将来の予測をしたいからで、ここには性格は時間を経過しても変わらないし、状況が変化しても一貫しているという前提があった。でも、20世紀後半の調査や実験によると、そうではない。ではどうして一貫性があると思うのかというと、1)他人の行動を観察するとき「私」はそばにいて他人に行動を制限している、2)性格テストでは正確ではなくて別のものを測定している可能性がある(たとえば自己同一性とかセルフイメージとか)、3)同一性とかセルフイメージにはバイアス(先入観や構え)がかかっていて、同一性やセルフイメージに合わない行動を忘れたり軽視したりする。なので、最近は性格は環境との相互関係でダイナミックに変動するとみなすようになった。

第2章 性格はどう作られ、どう変わるか ・・・ 最近では性格は環境も遺伝も関係しているという調査結果が出ている。ただし、○○の性格は遺伝的に50%決まっているという結果から、この<私>の性格の半分が遺伝で決まっているということを意味しない。統計的に50%といえるということ、この違いに注意。性格には良し悪しはない。環境によって良し悪しの価値が変わる。あと性格が変わることはある。ライフイベントで変わる「性格変容」。特長は不可逆的。環境が変わると性格が変わる「多面性格」。特長は環境ごとの正確には一貫性があること。あと、性格には「行動パターン」の面と、「他人から見られるものとしての性格」がある。評価者によって他人の性格は異なる。

第3章 血液型神話解体 ・・・ 別エントリーで詳述。
2013/04/08 渡邊芳之 「「モード」性格論」(紀伊国屋書店)-2 なぜ心理学者は血液型性格診断を信じないか。

第4章 「性格」という考え方はどこから来て、どこへ行くのか ・・・ 性格という概念の構成史。「性格」そして上位概念としての「個性」が問題になったのは19世紀から。重要なのは「人間概念」と権利の概念が拡大することに並行してこの考えが深化してきた。あるいは「自由」が重要な社会になったから「性格」が発見されたということもできる。重要なポイントは「性格」を科学的に規定しようとする試み。人体の外観の測定から始まり、アンケート・試験などの結果から数値化・指標化する試みをしてきた。その背景には性格が固定的で変化しないという予断が含まれている。その反省で、1990年代から別の説明も生まれている。後半は性格を固定的にとらえるのではなく、可変であるとする見方の紹介。文化心理学という考え。個人間比較から個人内比較へ。ポジティブなプライドへ。足の引っ張り合いからほめあいに。

第5章 「モード性格」論 ・・・ 性格を可変的なものとしてみる立場に立つと、性格には一人称的性格(自意識としての)、二人称的性格(関係としての)、三人称的性格(役割としての)の3つがあり、それぞれ異なる。「生きる」ときには二人称的性格が重要。それは誰と接しているかで<私>の行動パターン=性格が変わる。となれば、性格は「モード」で変わるものであるし、意識して「性格を変える」ことができる。それは何かを演じるかとか仮面をかぶっているとかいうことではなくて、人との関係を変えているのだ。そのとき一人称的性格を抱え込んだり、振り返ったりするのはよくなくて、むしろなにかで発散するほうがよい。あと、人生には「転機」はなくて、「岐路」があり、たいていの場合岐路の選択がいろいろあってもだいたい似たような結果に落ち着く。


 たとえばニーチェとかフッサールとか(の解説)を読むと、「心理」「心理学」がしょっちゅう登場するけど、そこで考えられている心理学は現代の心理学(この本に書かれているような)ものとは違う。なので、哲学オタクがこの本を読むと拍子抜けするのではないかしら。あと血液型性格診断のビリーバーさんも性格の類型など書かれていないことに落胆するかも。
 そういう点では、性格は変わる、人は他人との関係の中で特長を獲得したり発揮したりする、人はTPOに合わせて行動パターンを変える(だから冠婚葬祭のマナー本が出版される)、重要なイベント(病気、失恋、転職、知人友人の死など)で性格が変わる、など、ここに書かれていることが人生訓や処世訓でいわれていることとそれほど差がないことに気づくだろう。まあ、無理やりな素人の思い付きを言えば、19世紀から20世紀後半までの「心理学」が異常だった、と言えるのかも。現在、心理の問題で悩んでいる人は、これを読むとよい。肩の力を抜いて、過去をくよくよするのをやめて、発散することを薦めているから。それはやったほうがよい。
 ターゲットは高校生から25歳くらいまでになるのかな。自分の年齢はそれをとうに過ぎてしまっているので、もう少し理論や概念の話をききたくて、社会に向かう人へのアドバイスは読み流すふうであった。それはこの本の問題ではなくて、こちらの話。できれば、自分がこの本のターゲットであるころに同じような本が出ていればなあ(今の若い人がうらやましいよ)、とオジさんの感想になった。
 いけね。ここにはアマルティア・センの経済学やドイッチェの集団の目標と公正の基準、「死人テスト」、「FBI効果」、「権威主義社会」などにさらっと触れていて、その重要性は気の付く人だけ気が付く仕組みになっているので、別途勉強しておいたほうがよい。