odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

内田亮子「生命をつなぐ進化のふしぎ」(ちくま新書) 観察を続けても人類と霊長類の差異は明らかにならないし、行動の起源を確定することもできない。

 生物人類学、進化生物学、行動進化学など1990年以降に生まれた科学の新分野の紹介。かつてはおおざっぱに動物行動学とでもされていた研究を細分化すると同時に、「動物行動学」が内包していた差別や蔑視などをのぞこうとする(どこかで読んだが、「動物行動学」という言葉は使われなくなったらしい)。

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 これまでは人類と霊長類(または類人猿)との違いは明確で、その間には断絶があると思われてきた。人類の持っている形質や行動などは環境に最も適応してきたものだと思われてきた。しかし、霊長類(ここに加えられる種も30年の間にずいぶん増えた)の共通祖先が分枝したのが6000万年前、類人猿と人類が分枝したのが700万年前。その間にさまざまな変異や進化があった。現生種や化石種などを調査したり、現生種のDNA分析などの生化学調査で、人類とそれ以外の類縁と差異を調べる方法ができた。そこに上記の新しい研究分野は現生種の行動を観察することも加えて、進化の観点(突然変異、自然選択、適応)で説明しようとする。擬人化や過度な一般化などが多々あった説明をも科学的にする試みだ。その際には、既存の研究方法も積極的に採用。毛や排せつ物などを採取し科学分析にかけることも行う。テレビのドキュメンタリーを見れば、ドローンや長時間撮影可能なカメラを使って動画を大量に保存し、解析することも行う。テクノロジーの進化が科学革命を起こし、研究分野を拡張している例だ。

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(一方で、観察する際の主体(人間)と客体(動物)の関係も再検討されている。標本を採るために個体を採集するのは当然禁止だが、客体との距離や関係をどう作るかも慎重になっている。人間になれることが野生の動物を変える可能性があるから。その問題は別書で検討。)
<参考エントリー>

odd-hatch.hatenablog.jp


 行動も、個体の食べる・育つ・老いる・二足歩行するなどから、集団の信頼・ストレス・フリーライダーと懲罰・社交・集団内競争・他集団との構想・食べものの共有と分配、子育てなどまで多岐にわたる。それぞれは最新(2008年初出当時)の情報がたくさん引用される。興味深かったのは、二足歩行は長時間の移動に有利な方法であるというのと、集団内の行動は「見られている」で協力的な行動に代わるということ(後者はアダム・スミスの「利害関係のない公正な観察者」が他人の観察で生まれるというモデルにあいそう。同時に人類では女性は権力者に「見られている」ので協力的な行動は社会が強制しているかもしれないともいえそう)。また人間の社会行動は貨幣経済の採用によって変わったともいえる。とくに性差の拡大や女性差別において。貨幣や富をもちにくい性の抑圧が貨幣によって拡大したといえそうなところ。
 これだけ研究が進んでも、人類と霊長類の差異は明らかにならないし、行動の起源を確定することもできない。19世紀的な人類への進化史(ヘッケルエンゲルスが書いたような)はもう通用しないようだ。また動物行動を観察する入門書として、ローレンツの著作(「ソロモンの指輪」「攻撃」など)があったが、これも21世紀には時代遅れになっているようだ。
 内容が総花的でまとまりがないのは、研究の現状がそういう状態なせいだろう。