odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ジョン・グレイ「グローバリズムという妄想」(日本経済新聞社)

 著者は1948年生まれの、イギリスの政治哲学者。専門は、自由主義思想とのこと。オックスフォード大学教授から、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに移ったとのこと。批判先はグローバーリズムだけど、同時にアメリカの啓蒙思想

1. 「大転換」からグローバル自由市場への道程 ・・・ 自由市場経済(レッセ・フェール)は「自由」な市場形態ではない。過去にあったのは1840-70年代のイギリスと(年代不明の20世紀前半の)アメリカと、1980年代以降の資本主義諸国。過去レッセ・フェールがありえたのは、アングロサクソン型の農村個人主義があり、小作農のない国・地域であった。このレッセ・フェールも「自然」とそうなったのではなく、そうなりたい資本の要請にこたえた政治政策によって「無理やり」作った。レッセ・フェールは国家の介入をなくそうとするが、始まりにおいて国家の力を必要とし、その後国家を不安定にする。あとレッセ・フェールは民主主義を停滞させるのだ、なぜならレッセ・フェールの精神は自由主義であって、この「自己責任」論は民主主義と相いれない。
2. 国家が構築した自由市場 ・・・ 1980-90年代のレッセ・フェールの失敗例。イギリスとニュージーランドとメキシコ。いずれも国内規制の撤廃、海外資本の参入、公共事業の民営化、社会福祉の削減を行った。一時的な経済成長はあったが、起きたのは富の偏在(少数の金持ちと多数の貧困層)、失業者の増加、犯罪の増加による警察コストの増加、政党の分裂による政治の不安定、など。この国で起きていることはすでに起きていたのだね。これらの国を研究すると、現在のこの国の閉塞状況を開く糸口が見つかるかもね。
3. グローバリゼーションの虚実 ・・・ グローバル経済では、生産コストが低くかつ良質な労働力があり政治が安定している場所を求め、国境を越えて資本が浮遊する。そこでは国家が自国の経済を統制することはできないし、労働も定職であることが難しくなる。企業が多国籍化するほど内部の統制力がなくなり、分裂や解体に直面する。というわけで、グローバル経済はよって立つ基盤を不安定化する。あと著者の指摘によるとアメリカの覇権力は弱くなるというのだが。
4. 新しいグレシャムの法則 ・・・ グレシャムの法則は「悪貨は良貨を駆逐する」。それをもじって著者は「悪い資本主義がよい資本主義を駆逐する」という。具体的には浮遊する国際資本のために、税収が不安定→公共投資(教育、社会インフラ、福祉など)への投資が下がる、労働者の失業は成長する他産業でも吸収できず失業が増加、経済の外にある共同体が解体して生活が不安定化、などなど。アングロサクソン型資本主義が国家の責任にしてこなかったこと(健康保険とか国家産業とか)をその他の資本主義は国家の仕事にしていて、グローバル経済(というアングロサクソン型資本主義)の押し付けで国家の仕事が民営化されるようになった、あるいは必要な収入が得られず予算をカットされたため。
5. アメリカとグローバル資本主義ユートピア ・・・ ここからは様々な資本主義のまとめ。世界の資本主義は一つの形態であるのではなく、国や民族でそれぞれ違う(自分には新鮮な驚きだった)。なので、アメリカモデルが資本主義の唯一の形態であるわけではない。あと、これは1990年代後半の観察。現在に当てはまるとは限らない。ふたつの世界大戦はヨーロッパの啓蒙思想を解体したが、アメリカでは残っている。啓蒙思想アメリカモデルの優位、自由市場などを持ってアメリカは自分のルールをほかの国に当てはめようとしている。では、アメリカの内部はどうかというと2と同じような経済格差、階層の不安定、貧困の継続、警備・警察の社会コスト増大などの問題を抱えている。
6. 共産主義崩壊後のロシアのアナーキー資本主義 ・・・ ロシアは20世紀に2回の西洋ユートピアの実験場となった。1920-30年代の戦時共産主義と、1990年の市場経済移行。いずれも国民に負担と悲惨を押し付けている。前者は別書で補うことにして、ここでは後者に関する指摘だけ。エリツィン大統領の就任後の、ショック療法は緊縮財政と市場化。その結果、ハイパーインフレと国家資産のマフィアへの強奪が起こり、地下経済(国家の税収の対象外)がGDPの40%?を超えるまでになった。書かれているのはここまで。その後は豊富な資源の輸出国になり、すこしはマフィア経済から脱却しているのかしら。
7. 西欧の黄昏とアジア型資本主義の勃興 ・・・ アジアの資本主義は、啓蒙思想と民主主義と個人主義の伝統を持たないところで作られている。ここがユニーク。ポイントは、自然との関係は啓蒙主義的でロシアともども大規模な環境破壊を起こしたことと、全体主義国家主義的な精神と制度を持っていること、アジアとはいえ一枚岩ではなくそれぞれの国と民族で異なっていること。
8. レッセフェール時代の終焉  ・・・ 最後はこれまでのまとめだけど、急に腰砕け。グローバル経済はよくない、ではどのような国家や連合が、あるいはもっと小規模な地域や家族のまとまりがあるのか、国家に期待される役割は何か、これらの聴きたいところがスルーされてしまった。それくらいに難しいのだ、というふうに、肩をすくめることにするか。


 自由思想史を専門にしているのか、ほかの経済学者の視点を異なる指摘がある。ひとつは、グローバリズム啓蒙思想の嫡子とみることで、アメリカが主導している1980年代からのグローバリズム啓蒙思想を見ること(あとは、この国が聖俗分離していなくて、自由化とプロテスタンティズムが密接に結び付いているところも面白かった)。そのような見方をすると、資本主義と自由経済といっても、アメリカとドイツとロシアでは形態が全然違う(とくに国家と市場の関係で、国家がどういう役割をもっているかに注目すると違いが歴然とする)。北欧諸国の小国の資本主義もまた違うわけで、この国の経済を考えるとき、アメリカだけにフォーカスしていると、別の可能性に気付かなくなる。
 もうひとつは資本主義とか自由経済は超歴史的なものではないし、西洋で生まれたような啓蒙思想個人主義、民主主義のないところでも成り立つということ。その例をアジアにみていて(第7章)、しかもアジアが一枚岩ではないというのも注目するところ。まあ逆に言うと、個人主義啓蒙思想が根付いていないこの国がアメリカモデルを受け入れることが成功の鍵であるかは相当に疑問であるわけ。
 あと、著者はこの国の江戸時代を「ゼロ成長経済が繁栄と文化生活を完全に両立させた希有な例」とうのだが、それはすこし買い被りでないかな。江戸時代の300年が必ずしもゼロ成長であったわけではない。農地開拓が可能なときは経済成長し、それが止まったらインフレを起こしている。人口がほぼ一定だったのは教育と医療のためではない。19世紀半ばには幕府も藩も借金だらけでアップアップしていて、破綻に瀕していた。明治維新の遠因。なので、江戸時代はロールモデルじゃないよね。
 著者の提言は文化的な多様主義を認めようということになるかな。あとは国内経済に注目せよあたり。この本が書かれた1990年代後半、この国では「規制緩和」「国際標準」がさかんに言われていたなあ。それから10年後にはこららはどこかに消えてしまった。個人的にはこれからのキーワードは「円高」「デフレ」であると思うので、そうすると著者の提言に近いところの議論になるのではないかしら。
2012/6/8記