odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

エドワード・H・カー「ロシア革命の考察」(みすず書房)

 1950-60年代の講演や書評を並べたもの。大著の「ソヴェト・ロシア史」が進行中で、雑誌に国際関係の論文を多数発表している時期。おりしもソ連は世界第2位のGNPであり、冷戦のさなかで、第三世界に多額の援助を多数行っているものの、国内情勢はほとんど外に漏れてこないとなると、このような専門家の評論は敬意をもって取り上げられた。そのような背景を考慮したうえで読む。なにしろ、ソ連は革命と社会主義の象徴であり、スターリニズムは西欧の社会主義者共産主義者には憎悪の的だった。

 主要な論文は最初の「ロシア革命――その歴史的意義」なのだろうが、自分にはほとんど要領を得ない。ロシア革命1917-22年までの歴史を振り返ること(そのときのロシアの特殊性を確認する:レーニンにとってプロレタリアが概念であり、具体的な実態ではなかった、戦時共産主義では「意識した労働者」はサボタージュした官僚や技術者の仕事を埋めることができず、はからずも「国家と革命」のテーゼは挫折した、)、マルクスレーニンの違いを指摘する(その中ではマルクスは国家より社会を重大視し、レーニンは社会よりも国家を重大視する、レーニン主義では党は独裁者としてふるまう、などが面白い)。そのうえで、歴史的意義として抽出されるのは、1)自由主義デモクラシーは大衆主義デモクラシーに取って代わられる、2)後進国の人民解放運動のモデルになった、あたり。ほぼ何も言っていないに等しいな。
 そのあとの章では、1920年代の農業集団化、工業化、労働組合について概説。ここでの指摘では、ロシア革命後の工業化は外国資本の恩恵なしで進められるという特殊性が認められる(イギリスのほかはないというが、この国の明治時代の工業化もそれに近いと思うので、比較してもよい)、レーニン主義では労働組合の権限は制限されて、常に国家や党の指示・指導下にあった。コーポラティズム、サンディカリスムの考えは全く排除されていたわけで、ソ連型でない社会主義を目指す人々はこれらの排除された考えに注目する。
 「ロシア革命」(岩波現代選書)から漏れた思想家・運動家として、チェルヌイシェフスキー、ローザ・ルクセンブルクブハーリントロツキーが紹介される。これらは、当時、西洋(イギリスとアメリカ)ではほとんど知られていなかったか、主要著作がなかったためかもしれない。まあ、この国では同時代にほとんどの著作は翻訳済だったでというのが違いか。あまり重要ではない。
 さて、全体を通して著者の主張は非常にあいまいで、わかりにくい。どうにか読み取れるのは、計画経済はレッセ・フェールの自由市場経済の不備を克服する優れた仕組みだということくらい。党の指導は重要であるが、労働組合労働委員会などの自主運営はもっと取り入れてもよいのでは。しかし、ソ連共産主義者が主張するような歴史の単一的な発展形式、史的唯物論は認めない、あたり。
 「ロシア革命」(岩波現代選書)が記述を1929年で終わらせ、本書でも上記のまとめのように、カーの著作では、スターリンは注意深く言及が避けられている。1960年代であれば、彼の独裁の様子が知られていたはずであるのに、粛清裁判や収容所群島は触れられない。せいぜいが1925年から1929年までのトロツキーとの政争と国外追放まで。この用心深い書き方からすると、カーはスターリンを計画経済と工業化の推進者として評価するのだろう。それを主張するには、スターリンの政治と人格への批判が強くなっていた。カーがスターリンを書かない理由はそのあたりだろう。
 くわえて経済分野の評価ほかのところも古すぎる。もう読む必要はない。