odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 下」(日経ビジネス文庫)-2 福祉国家や社会民主主義、あるいは資本主義は、国家によって形態が様々。21世紀に経済はグローバル化し、国家は閉鎖的になる。

2020/11/13 ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 下」(日経ビジネス文庫)-1 1998年の続き

 

 福祉国家社会民主主義、あるいは資本主義は、国家によって形態が様々。本書だけをみても、どの産業を国家が所有するかはとても違いがある。イギリスでは炭鉱が、フランスでは自動車メーカーが国有化されていた。あるいはセイフティネットの範囲と費用についても。アメリカと北欧では異なる。公務員の職務や人数も違いがある。これを無視して、他の国で民営化が進んでいるから、公務員が削減されているからという理由で日本の民営化や公務員削減を主張してはならない。この国の状況だけをみて、政治判断をするのか危険だ。
(なにかでG7と東アジア諸国の資本主義の比較を読んだことがあるのだが、どこにいったかな。)

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 第11章 苦境――新たな社会契約を模索するヨーロッパ ・・・ ヨーロッパ統合のアイデアは戦前からあったが、実現のための組織と運動が起きたのはWW2以降。これは70-80年代の経済停滞ではほとんど進捗しなかった。変化は80年代に各国が福祉国家の見直しを行ったことと、1989年の東欧革命以降。とくに東西ドイツの統合がヨーロッパ統合を進める契機になった。まず市場の統合が進められ(そこで各国で異なる品質基準などの調整があった)、通貨の統合となった。一方で立法や司法、徴税などはそれぞれの国家に残る。こうやって、国民-国家の社会契約にさらに、市民-国家連合の社会契約が加わることになる。統合後の主に政治や人権に関する話題は以下のエントリーを参照。
庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-1
庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-2 
(ヨーロッパの統合から四半世紀が立つと、さまざまな問題が出てくる。EU加盟国の経済破綻国の救済で足並みがそろわないとか、重要なメンバーであるイギリスが抜ける(スコットランドは加盟したがる)、東欧や中東、北アフリカの移民・難民政策で足並みがそろわない、極右が台頭し排外主義がはびこるなど。)

第12章 遅れて起こった革命――アメリカの新たな均衡 ・・・ 第2章の続き。福祉国家の歳費拡大の軍事費増加による財政赤字とインフレと失業率悪化に苦しむ。1980年代にサプライサイド経済学ネオコンが実権をもったがレーガン政権で大失敗。不況で苦しんだが、1990年代になって好況になる(日本は慢性的な不況)。それで財政赤字が縮小した。同時に、規制緩和が進められて、大企業が独占していた業界に競争が働くようにした。航空、鉄道、トラック、電信電話、電力。さらには公共サービスといえる軍事、教育、治安、医療福祉などでも。
(21世紀になると、公共サービスや社会的共通資本まで民営化してよいかという議論も起きている。アメリカでは不採算の電力会社が整備不良で大規模停電を起こした。フランスでは民営化した水道事業を自治体が買い戻すことも起きている。国家や自治体が経営していた時より、支払金額が増えることがある。企業経営の状況でサービスの質が変わるのでは、ライフラインとしてはダメなのではないか。アメリカは国家管理をとても嫌う国と国民なので(共和主義と草の根民主主義の伝統由来)、国有化にはむかわず、規制で対応する。なので、日本が比較するのはヨーロッパ諸国だろう。あと、アファーマティブアクションが取り上げられるが、両論併記で、もっぱら功利主義の意見で書かれる。本書は「正義」や「善」を全く検討していない。とても不満なところ。)

第13章 信認の均衡――改革後の世界 ・・・ 80-90年代を通じて、ほぼすべての国で経済の国家統制は縮小され、自由主義経済になった。ではその後どうなるか。ヨーロッパでは保守主義社会主義の間にリベラリズムが台頭(アメリカのリベラリズムとは異なるので注意)。国家を越える企業によるグローバル化が進行。ときに一企業の動向が国家の政策に影響を及ぼす。これまで不況は一国内ないし近隣数か国であったが、「ショック」と呼ぶような世界連鎖が起きるようになった。
 最後に、さまざまな経済政策による市場経済移行を評価する指針を提案。1)成果を上げているか、2)公正さが保たれているか(とくに分配において)、3)国のアイデンティティを維持できるか、4)環境を保護できるか、5)人口動態の問題を克服できるか。

 

 最終章は1998年の見解。それから20年たった。大きな見立てをすると、21世紀のゼロ年代はおもにイスラム原理主義者の暴力集団によるテロ。先進国が襲撃され、中東諸国では難民が発生し、民族浄化が起きている。それにより政治課題が治安やテロ対策に移行。10年代は権威主義国家による国民統制。とくにロシア、中国。東欧諸国の中には極右政党が政権を握るケースがでている。ほかにも外国人排斥と人種差別問題が深刻になった。グローバル化は政治の役割を縮小させ、経済政策に欠けていた予算を別の分野に振り分けることが期待されたが、そうならない。治安維持のために政府の役割と権限が大きくなり、国民の自由や権利を侵害する事例が起きている。グローバル企業は人権や反差別に鈍感で、公共的なサービスで差別を拡散させている。
 不況や通貨危機はショックのように世界を駆け巡るのだが、たいていはどこかに問題になっていない地域や国があってショックは吸収されて、数年で落ち着く。では2020年の新型コロナウィルス(COVID-19)の感染による経済の縮小はどうなるか。外出や集会の禁止がとられたので、小売業サービス業が手痛い打撃を受け、それにあわせて製造業も売上を減少する。3-4月には前月比でも前年比でも売上は50-80%落ち込んだ。この経済縮小に関係しないで済む国や地域はない。そうするとどうなるか。これまでのようにどこかの国や地域が持ちこたえて、次第に持ち直すというシナリオが働きにくい。貧困や失業に直面する国民には国家から支援金がでて、セイフティネットを必要とする国民も増えている。再び国家が経済を統制するきっかけになるかもしれない。
 著者が未来予見を外したのは、市場経済移行によって生じた弊害を把握できなかったところにあると見た。市場の混乱でインフレや失業が発生したとき、資産はないものからあるものに移動し、経済格差が拡大する。その是正は国家による富の再分配によるのだが、ここでは無視されていた。アメリカのように自由主義が強い時、富の再分配は忌避されるのであるが、それを含めた貧困の問題を無視するわけにはいかない。それを見ないでいたので、本書には正義と善の考察が欠けている。
 1980-90年代の経済政策をざっとみるには便利な本でした。初読では感心したけど、2回目には冷めてしまった。

 

 最後に21世紀10年代の日本をみる。自由市場、競争、民営化、規制緩和は他の国と同様に政策に入っている。で起きたことを上の指標でみると、
1)成果を上げているか → アベノミクスなどの経済政策で目標を未達成。GDPなどの経済指標を改ざん。
2)公正さが保たれているか(とくに分配において) → 経済格差は拡大。
3)国のアイデンティティを維持できるか → 昭和の大企業が外国資本傘下にはいって業績回復。日本の伝統産業では倒産、廃業が相次ぐ。
4)環境を保護できるか → 目立った政策はなく、国際的な環境政策目標を達成せず。
5)人口動態の問題を克服できるか → 出生率は低下、出生者も減少。少子高齢化がますます進行。
 政治や外交でも何も起こさず、周辺諸国との緊張を高めているだけ。
 日本もまた権威主義社会になり、国民統制が進行している。排外主義と民族差別がはびこり、社会が不安定になっている。そういう危険な国になった。