odd_hatchの読書ノート

エントリーは2800を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2022/10/06

堂目卓生「アダム・スミス」(中公新書)-2

2021/12/16 堂目卓生「アダム・スミス」(中公新書)-1 2008年の続き

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 エントリーの2番目は「国富論」について。ここでスミスの経済学を詳述しても、現代の経済学のおさらいにはならない。それは別の新書や文庫でフォローしてもらおう。気になるところを箇条書きで。
・スミスは富を必需品と使益品という物質の合計と考える。これを労働人口で割ったときの値が国民の富。それが増えるというのは、生産性が向上すること(必要品と使益品の生産が増えること)と人口が増えることに他ならない。(軍事、娯楽、教育、法律などに携わることは労働生産性には含まれない)。
・物を交換するのは互恵の場であるから。物の売買を通じて、自分と他人の利己心や自己愛を満足させられる。しかし財産への道を歩く人は自分の富の増大を目的にするから競争の場になる。それがさまざまな徳を貶めないようにするには、フェアプレイで競争することが大事。すなわちスミスによって市場は互恵と正義を実現する場なのである。
・貨幣は物の交換価値しか持たないが、富そのものであるという錯覚が生まれる(マルクスのいう物神化?)。そうすると、保護貿易によって貿易収支を黒字化することが目的になってしまう。しかし貿易収支の黒字化によって蓄積された外貨は外貨の保有国との貿易でしか使えないので、国民の富を増やすことにはならない。なので重商政策はよくない。
(貿易収支が赤字になると、インフレが進行して国民の富は減ってしまう。当時のイギリスの繁栄はインドやアメリカの収奪によって成り立っていたと思うと、スミスの視野には限界がありそう。)
・国民の富が増えても、国家が浪費すると意味ない。浪費の例は巨大な軍事費。
・植民地を見てみよう。一部の経営者や支配者は利益が出たかもしれないが、国家全体でみると利益になっていない。アメリカという植民地の生産物は移動のコストがかかって高い。植民地保護に宗主国が兵士他の軍事コストを支払っている。宗主国周辺の植民地国家との紛争の原因になる。国際経済では正義と互恵の実現が難しくフェアプレイが行われない。そのため国債発行と増税が行われ宗主国を衰退させる。スミスは先住民に加えられた虐殺・差別・抑圧などを問題にするが、奴隷制の是非は議論していないようだ。
・差し迫った問題にアメリカの反抗がある。上の節の問題が起きて、アメリカ植民地政府がイギリスに対抗している。大方は力づくの支配の継続であるが、スミスは統合または分離案を検討する。1707年にスコットランドイングランドに統合されたようにアメリカも統合すればよい。しかし政府機能はアメリカに行くであろう。なのでスミスは分離案を支持する(1776年「国富論」初版の結論)。植民地の人を支配下に置くのを止めて、自国民か他国民と同じ扱いにするがよいとする。それが正義や互恵の実践なのであり、結果としてイギリス国民の富は増える(彼はアメリカの民主主義に賛成しているわけではない)。実際、植民地支配を継続しようとしたスペインとポルトガルは経営に失敗して撤退しているではないか。
<参考エントリー>
2019/07/08 トーマス・ペイン「コモン・センス 他三篇」(岩波文庫) 1776年
・スミスの主著(「道徳感情論」「国富論」)から読み取る重要なことは、1.人間は社会的存在(正義や互恵などは社会的に構成される)、2.富は人と人をつなぐ(富んだ人と貧しい人をつないで、どちらの富を増やすようにする)。3.外国の人との交感を深め、相互依存関係を強める。そのためには市場は自由で公平でなければならず、プレーヤーは公平と正義を実行することが求められる。急速な改革や変更は混乱と富の減少をもたらすので成すべきこととやらないことを見極め時間をかけることが大切(というのは人間の幸福な心が平静なことだから(苦悩や心配、嫉妬や復讐心などは幸福ではない)。

 アダム・スミスの思想がこれほど広範であるとは思いもよらなかった。市場の調整機能、レッセ・フェールと労働価値説の提唱者という紹介では全く不足している。むしろそれにはまったく触れられない道徳哲学、政治哲学に焦点を当てたほうが良いのではないか。正義や愛国主義、近隣諸国との外交関係などに関する知見は21世紀の今でも示唆に富む。
 どうやらアダム・スミスの一般的で廉価な解説書はこれくらいしかないようだ。記述の仕方に不満があるけど(もっと彼の同時代のできごとを書けとか、伝記情報も入れろとか)、再読や参照のために手元におこう。