odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

キルゴア・トラウト「貝殻の上のヴィーナス」(ハヤカワ文庫)

 「電気バンジョー片手に”誰も答えられぬ質問”に答えを求め、星星を遍歴する宇宙吟遊詩人サイモン・ワグスタッフ。そのおともは、イヌとフクロウ、そして美人アンドロイド。だが、彼のあった異星人たち−猫から進化したシャルトーン星人、雄は空を飛行船のように飛びまわり、メスは地上で草を食むジファード星人、一生の間惑星上を転がりつづけるラロロング星人−誰もその答えを知らないのだ。そして三千年もの旅路の果てについにかれが知ったその答えとは!? ヴォネガットの作品中に登場するSF作家キルゴア・トラウト、その名を借りた謎の作家が描く宇宙冒険譚。」

 フィリップ・ホセ・ファーマーがキルゴア・トラウトの名を借りて1974年に出版したSF小説、というかほら話。本書の内容も十分面白いが、ヴォネガットとファーマーの間で起きたいさかいもまたおもしろい。まあかいつまむと、ファーマーはヴォネガットの口頭の承諾を得て出版したものの、大いに売れたためにヴォネガットに困った事態が起きた。そのため、準備していた第2作の出版計画は頓挫した。
 キルゴア・トラウトの誰も知らない小説はヴォネガットの作品中に登場するのであるが、その一節を引用するほどにファーマーはキルゴア・トラウトになりきった。サイモンが答えを知りたがった質問は「ワレワレハ、タダ苦シミ、死ンデイクヨウニ、ナゼ造ラレテイルノカ?」 途中のシャルトーン星人のマーガレット女王に「性の喜び」を与えられる。サイモンは「あなたが素晴らしい答えを賜ったと申し上げたのです。ただ、わたしがずっと探し求めていたものとは、たまたま一致しないということです。」と答える。これはヴォネガットの小説にでてくるもの(という指摘をどこかで読んだことがある)。
 冒頭から50ページくらいの創世記を再話するようなところは重苦しいが、地球を脱出してからは快調になる。サイモンが旅に出るのは、惑星を汚染する生物がいたら洪水を起こして抹殺することを使命にしている星人の仕業で、サイモンの行く先々の星にあるハート型の巨大な構築物は最後に現れる星人の惑星探査機械であり、生命の誕生の秘密が彼らに関係しているらしいということになるなど、多くのSFで使われたネタの宝庫(いささか創造論やインテリジェント・デザインに似ているのだが)。それがスミスやハミルトンやバロウズなんかのスペース・オペラと混交して愉快な物語になっている。サイモンとその一行は、不老長寿の秘薬を飲むことによりこの旅を三千年も続ける。それも自由な航行ができるときには都合がよかったが、どこかに釘付けになるとするとそれは拷問になってしまう(でもサイモンは、途中の惑星で200年くらい投獄されていたのだった)。生命に終わりがあることの不条理と永遠の命の牢獄とどっちが耐え難いものになるのかしら。
 若いときには、この下世話で楽天的なほら話と哲学的な会話に驚愕しながら読んだものだった。SFほら話としてレム「泰平ヨンの航海記」が解説にあげられていたが、カルヴィーノ「レ・コスミコスケ」とかボルヘスの何かあたりも参考になるだろう。