odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ソムトウ・スチャリクトル「スターシップと俳句」(ハヤカワ文庫)

 2001年に「千年紀大戦(今だったら「ミレニアム・ウォー」で通じたろうな)」が起きてほぼすべての生命が消滅(それなんて「エヴァンゲリオン」「AKIRA」)。わずかに生き残った人類からはミュータントが生まれているが、すぐに死亡する(それなんて「AKIRA」「人間以上」)。生き残った人類のほとんどは日本人だが、千年紀大戦から20年たった2022年になると、国民全員が高貴ある死を望んでいる。なぜかというと、有史以来日本人はクジラを殺戮していて、そのことをガイア的な思想の持ち主である最後のクジラ(彼らも絶滅に瀕していて、自死することを決意していた。理由はよくわからないがクジラの種の本能ないし思想に原因があるかららしい)に伝えられ、日本人はそのことに深く恥じているから。日本政府は、イシダ、タカハシ、カワグチの三大臣(というより重臣。ちなみに天皇制は廃止しているらしい)によって運営されている。彼らはたがいに仲が悪く(冒頭で彼らの師である僧侶が予言している)、イシダはソ連が衛星軌道に廃棄した恒星間宇宙船で地球脱出をもくろみ(それなんてA・C・クラーク「太陽からの風」、大江健三郎「治療塔」)、タカハシ・カワグチは全国民が自死することを促す「慈悲」を進めている(それにかかわるのが顔のないサムライたちだ)。ニセのフジサンとフジ・ハイランドなる遊園地を彼らは作り、国民をここに呼び寄せては遊具を使った自死を行わさせているのだ。一年中サクラの花びらが舞い、クジラと人間の交感とそれぞれの自死を描く歌舞伎が上演され、人々はその美しさに涙する。

 まあ、なんてキッチュな日本理解なのでしょう。たぶんルース・ベネフィクト「菊と刀」に描かれた戦前の日本のメンタリティが現在に残るというところから発想しているのだろうな。作者は日本をカリカチュアライズすることには自覚的だと思う。タイ生まれとはいえ、アメリカに留学し、現代音楽の作曲家でもある作者は、来日経験や日本人の友人をもっていることは予想できるから。彼の理解そのものの日本ではなくて、「千年紀大戦」による破滅後の世界イメージを「日本」に重ねたのだろうから。たぶんアニミズム的な神を理解しているとかそういう神がいまだに社会の重要な機構になっているとか、それにもかかわらず経済成長と自然破壊において追随を許さず、国民が貧しい暮らしをしていることなんかに対する不思議さが、破滅後の社会のメタファーのように見えたのだろうな。
 このような大状況に対抗する中状況というのはなくて、いきなり小状況、すなわち主要なキャラクターの冒険が描かれる。25歳で読んだときには、こちらに興味があったというのが重要か。主人公は日本人を祖母に持つ孤児二人。兄ジョッシは施行するより行動するほうが先、弟ディディは生まれたときからクジラに代表される宇宙的な意思と交感能力を持つがしゃべれない(二つの言語を操れない、翻訳できない)。こういうはぐれ者が現状の脱出を試みて(なにしろ彼らの仕事はミュータントの世話と死者の葬儀だけ)、挫折しながら世界の核心にせまっていく。その途中で、イシダの娘で最初にクジラと交信したリョーコとあい、自死でも地球脱出でもない別の解決を見出そうとする。作者29歳のときだからか、それは二人の恋人の交感による愛の共同体をつくること。そこには経済や社会運営の原理などへの考察はないので、共同体ができたとしてどうなることかしら。二人の若い恋人はカワグチやタカハシ大臣と対決し、彼らのこだわりをほぐし、つきもの落としをすることになる。
 まあ、自己の問題を解決することや解放を実現することが世界を変革することになるという、最近のライトノベルによくあるらしい設定を持っている。この小説の初出は1981年だから、きわめて早いもの。重要なのは、このころの若者による世界認識は、世界は邪悪なもので、個人の心はひどく阻害・閉塞されている。だから彼らの心は解放されなければならず、時として暴力的であることを持さない。そして彼らの内面が解放されれば、世界も変わる。こういうナイーブで自閉的な設定があった。ほぼ同時期の村上龍コインロッカー・ベイビーズ」が典型で、その先に上で揶揄したようなアフターハルマゲドンで、個人の内面を問題にする作品群が現れた、たぶんこれらの作品群には通底する似たような心象があったのだろうなあ。

 ちなみに、この作者で翻訳されたのはもう一冊「ヴァンパイア・ジャンクション」くらいで、いまではかの国でオペラ演出家であるらしい。タイにおける初のワーグナー「指輪」上演は彼の演出によるものらしいのだ。
今バンコク・オペラが面白い!?: 「おかか1968」ダイアリー~いっそブルレスケ~
 あと、大江健三郎/武満徹「オペラをつくる」(岩波新書)によると、武満徹にオペラ作曲の依頼があったときに、この「スターシップと俳句」がリブレットの候補になったそうな。作曲家はどこが琴線に触れたのかなあ。まあ、いくつかの候補はどれもダメになり、大江が「治療塔」のもとになる台本を書いた。結局、作曲家の早逝でオペラは実現しなかった。