odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

アレクサンドル・デュマ「モンテ・クリスト伯 上」(講談社) 大ヒットした長大な新聞小説を40%に圧縮した簡約版。現代の読者にはこのくらいのサイズがよい。

 自分が読んだのは1960年代に発刊された講談社の世界文学全集33と34巻の2冊本。のちに同じ訳者(新庄嘉章)で講談社文庫に5分冊の完訳本がでているが、こちらはたぶんダイジェスト。上下2段組みで一冊480ページの大冊であるとはいえ、大雑把な計算では原稿用紙2000枚にみたないはずで、完全訳ではたぶん5000枚を超えている。そういう点では不十分かもしれないが、全訳を読む根気と時間を持たない者にはこれでよいのだ。たぶん上記の講談社世界文学全集はそういうダイジェストで安価に世界文学を提供しようというコンセプト。「戦争と平和」「カラマーゾフの兄弟」が2冊に、「白鯨」「赤と黒」が一冊に収録されているのだから。この種の本は時に便利なのだが、このところ企画されないようだ。19世紀の小説を当時書かれたままで読むのは時に辛いことで、そのことで古典との縁がつくれないというのはもったいない。(と思ったが、いまは「マンガで読む○○」がその役目をはたしているのであった。)


 もうすこし思い出話をさせてもらうと、この本を買ったのは国道沿いにあるうらぶれた本屋。そのあたりは道路よりも一段低い場所で、道路にいると屋根瓦がほとんど目の高さにある。そこから階段をおりて、古いガラス戸を空ける。雰囲気は昭和初期の駄菓子屋ないし貸本屋か。実際、いくつかの本は木製の屋台風の置き台にのっているのであった。訪れる客も少ないようで、おもしろそうな新刊本やミステリの文庫もなし。そのときに一冊500円のこの本が目について購入した。20年以上たってから同じ場所にいくと、建物ごとなくなっていた。
 しかも奇妙なことにこれを読んだのは高校3年の冬休み。直前の模試で志望校に合格できる判定がでていたとはいえ、2週間後に共通一次試験(死語。今のセンター試験の前身)を控えていながら、およそ6日間この読書に熱中していたのだった。そろそろ勉強にもどらないとと思いつつ、ページを繰る手は止まらず、ダンテスの薄幸な運命とすさまじい復讐心、それにおそるべき財産の消費を読み続けた。そういう読書の体験を起こさせる小説は数少ない。ページを繰る手が止まらなくなる体験は往々にして起きたとしても、たいていはこのままではまずいと思う前に最後のページに達してしまう。ところがこれほどの長さになると、いつまでたっても最後のページは訪れず、興奮と焦燥が葛藤する。
 物語の感想は下巻で。
 面白いのは、作者の生涯。親兄弟からは邪険に扱われる奔放な野生児。その後パリに出て、公証人役場の仕事を得ると同時に猛勉強。公爵の秘書の傍ら、劇作に励み、売れっ子になる。そのうち歴史小説にも手を染め、「三銃士」「モンテ・クリスト伯」のに大ヒットを飛ばす。大作を次々と創作する裏側には無数のスタッフ(ゴーストライター?)を抱えていた。今のプロダクション形式の創始者だな(ときに訴えられる)。1848年の二月革命の後、劇の人気が落ちると、自作を売りにした新聞を発刊(しかしすぐに破産)。一方で、美食と女性に目がなく、何度となく浮名を流す。浪費癖は幾度となく破産を起こし、海外生活を余儀なくされもし、ついにはほぼ無一文で死去。かなり簡略して書いたのだが、ナポレオンの独裁→復古王政七月王政第二共和政第二帝政と政治体制が入れ替わる流動する時代が人生と作品に色濃く反映。資本主義の勃興期らしく出版・新聞などの新メディアで起業するなどあたらしもの好きの冒険家。もしかしたらこの人の人生のほうが、ずっと面白いのかもしれないという感想すら持ってしまう。

 新訳で、しかも一巻本だとか。

2013/12/04 アレクサンドル・デュマ「モンテ・クリスト伯 下」(講談社)に続く