odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

夏樹静子「ガラスの絆」(角川文庫) 1970年代半ばには人工授精のドナー(精子提供者)の秘密は守られなかったの?

 ずっと昔のその昔に、「Wの悲劇」を読んだ記憶がある。中身は忘れた。それ以来のトライ。1980年文庫初出なので、発表は1970年代半ばか。

ガラスの絆 ・・・ サイバ合板の社長・信之は治子と結婚して数年。夫と妻の両方に不妊の原因があり、人工授精をして、子供が生まれた。その子供は夫に似ていない。治子にドナー(精子提供者)を名乗る男が来て、強姦され、あげくにホテルに呼び出しを受ける。そこにはドナーの死体があった。嫌疑は治子にかかる。
 夫が自分の子供に不審を抱くというのは、ヨセフとマリアの時代からの性(さが)。そういう点では神話的な主題。でもねえ。
 小説作法の不手際はあとでまとめて書くことにして、その前に以下のことが気になる。人工授精を町医者に毛の生えたくらいの総合病院でできるのか、そんな設備(極低温の冷凍庫とかそのた)があるのか、普通精子管理の医師と人工授精の担当医師は別々でドナーの秘密は守られるのではないか、人工授精の執刀医は独断で夫の精子とドナーの精子を混合したのだが夫婦に秘密にしておいてよいのか。1970年代でバイオエシックス他はまた未熟だったとはいえ、そこまでずさんだったのか。

暗い玄界灘に ・・・ 製薬会社の若い営業社員が福岡で持病が悪化。緊急手術の結果、腰椎麻酔のショックで死亡した。不審を抱いたフィアンセが調査にかかる。まあ、二時間ドラマにすると、いいですねえ。

見知らぬ夫 ・・・ 気楽な独身生活の30くらいの女性のもとに殺人容疑がかかる。なんと、見知らぬ男と婚姻したことになっていて、その男が殺されていた。死んだ男は相当な資産もちで、法律上は相続の権利がありそうだ。まあ、一時間ドラマにすると、いいですねえ。

破滅が忍び込む ・・・ 不倫デートの最中に殺人事件を目撃したらしいのだが

孤独のなかみ ・・・ 牛乳を飲んだら妙に苦くて酸っぱくて

殺意をあなたに ・・・ 夫がひき逃げ事件を起こして、隠蔽しているみたいだが


 うしろの3つはもう読むのが耐え難いので最初の3ページくらいで読むのをやめた。むしゃくしゃしてやった。今は反省していない。
 この本を読む気になったのは、1970年代後半の人工授精の状況を知りたかったため。医師、ドナーとレシピアント、その家族がどういう反応や行動をするかに興味があった。あいにく、期待に答えてくれなかった。
 主人公がいずれも女性で、見かけの平穏な生活に、疑惑が生まれて、活動的に(とはいえ派手なアクションはない)事件に踏み込んでいく、というのがこの人の書き方。男性作家だと、そういう芯の強さを書くのは難しいだろうな(あくまで1970年代当時)。
 とはいえ、物語を読む楽しさが全然なくてねえ。事件の説明→警察の捜査報告→事件の展開→警察の捜査結果というストーリーばかり。書き方を工夫すればもっとおもしろい話になりそうなのに(「見知らぬ夫」の設定はずいぶん面白くなりそうだ)。人物描写も類型的で紋切型。まあ、ベストセラーになるにはこういう書き方になるのでしょう。俺には合わなかった。