odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ケイト・ウィルヘルム「クルーイストン実験」(サンリオSF文庫)

 「アーシュラ・ル・グィン」のタグをつけたのは、彼女とほぼ同時代(1970年代)に、フェミニズムSFを書いたアメリカ作家であるということから。

 大手製薬メーカー・プレイザー製薬は、新しい痛みどめの開発を行っている。臨床治験のフェーズの最初の方でよい結果が出て、現在はチンパンジーで治験中。そろそろ人体実験に移ろうかというところ。Pa因子と命名した新薬は、優れた効果をだしているが、あるときチンパンジーに異変が起きる。それまで熱心に子育てをしていたチンパンジーが子供を邪見にあつかい、育児を放棄し、それでも近寄る子供を傷つける。そのようなチンパンジーは3頭も出る。イライラや落ち着かなさがみられていたが、次第にふさぎ込み頭を抱えて動かないようになってしまった。
 ここで会社の方針は2通りに。古くからの経営カンブクラグマンは実験を継続して会社に地歩を固めたい。研究者はこぞって一時停止を訴え、新しい幹部、次期社長候補もそれに同調する。会社の内部の対立は、雰囲気をぎくしゃくさせる。(主題にも、ストーリーにも関係ないが、これは逆ではないかな。新薬開発途中にトラブルがあれば、研究者は実験の継続を主張して、経営者はブレーキをかけるほうにまわるのではないか。初出1976年では、できたばかりの遺伝子組み換えを普及させるか、歯止めをかけるかで大論争になり、いったん実験のモラトリアムになっていた。そのできごとの反映なのかなあ)。とはいえ、これは「サンリオSF文庫」に翻訳されたSF小説なので、企業小説、経済小説のような経営と研究の反目や業績低迷の克服などは描かれない。
 このPa因子を発見し、治験までもっていったのは、アン・クルーイストンという天才女性科学者。この異常事態に対処する立場にあったが、あいにく数か月前に自動車事故を起こしてリハビリ中だった。実験の様子は、夫のクラークからもたらされる。病院から退院し、自宅で治療するアンの様子は以前と変わった。人付き合いをしないようになり、イライラして、暴力的な様子を見せる。食事をとらなくなり、目だけぎらぎらさせている。治療の気分転換になるだろうと子猫をもらってきたが、数日後、木津付いた姿で見つかり、死んでしまう。クラークの疑惑は痛みをこらえるのが難しいアンが帰宅後はそのようなそぶりを見せないこと、となるとアンの様子はPa因子を勝手に服用しているからでは。しかし、アンはクラークのすることをすべておせっかいとみなし、sexを強姦だといい、部屋にいれさせない。
 小説は、事件の関係者(およそ10人くらいか)の内面を克明に描く。登場人物10人分くらいの内面を別々に作り上げていて、そこに示される作者の力量はすごい。でもそれが読書の快楽に至らないのは、アンをのぞいたひとたちはおろおろしてばかりで、事態解決にいっさい関与しないこと。みんな傍観者、アーチャーみたいな探偵ならその態度はありなんだろうけど、事件の関係者なんだよ、きみたち、保身であろうと、友情であろうと、職務であろうと、もっと動けよこれは敵になるしかないわなあ。という具合。なるほど海外企業でも派閥の争いはあるのだなあ、度し難い連中ばかりだなと投げやりな気持ちになる。
 そのうえ中心にいるアンの性格の悪いこと。こいつは頭がよくて、親兄弟であろうとみんながバカに見えて、それを隠そうとしない。そのうえPa因子の研究の立役者なのに、会社の待遇に不満をもっている(1970年代当時には女性研究者が重要なポストを得るというのは至難の業)。交通事故で痛めた足の回復ははかばかしくなく、松葉杖を使ってもうまく歩行できない。こういう不満とコンプレックスがないまぜになって、人の悪口陰口を言うわ、自分の都合が悪くなるとヒステリーを起こすわ、自分の都合に人を合わせようとしてそうならないと怒り出すわ。
 最後の20ページくらいになってようやく小説が動き出す。アンは研究推進派の幹部とグルになって、会社の進める州立病院の入院を拒否し、私立病院(実質は幹部の用意した秘密の人体実験場所)に入院する。そこでアンはPa因子を服用したことを認める。しかし、幹部からすると夫と離婚し、友人と離反して、研究所に引きこもるアンには未来はないとしか思えない。それが正しいかどうかは小説の中では決着していない。なので、読者はもやもや。アンの行く末を慮りたいが、さてこのエキセントリックな女性はそこまでの同情を買えるかしら。俺はそうならなかったし、むしろ振り回される小心な夫に憐憫を感じてしまった(自分より頭のよい女性を妻にして、あらゆることにコンプレックスを抱くというのが新しい人物造形)。
 まあ、このような強烈な意志や欲望を持っているのが女性なのですよ、もっと敬意と評価がなされるべきで、そうすればアンのような悲喜劇は回避できますよ、といっているのかもしれない。そこまで読んでもいいものなのかしら、わからん。