odd_hatchの読書ノート

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都筑道夫「殺されたい人 この指とまれ」(集英社文庫) 1980年前後に書かれた怪奇、ミステリ、ハードボイルドなどの短編集。恐いのは超常現象ではなく、そこにかかわる男女の機敏、というか情念。

 1980年前後に書かれた短編を集めたもの。怪奇、ミステリ、ハードボイルドなど多彩な内容。

見知らぬ妻1982.05 ・・・ テレビで知らない女が「おれ」を探していた。サラ金(このころにはあったのだね)の追い立てで失踪したので戻ってきてくれ、子供が死にそう、という。「おれ」はテレビ局の社員と一緒に連れ出され、女のアパートに落ち着くことになる。女の仕掛けた罠。
檸檬色の猫がのぞいた1979.12 ・・・ 猫が嫌いな夫がアパートの三階ベランダに猫がいるのをみつけた。何度も猫が来るので、夫婦げんかになり、妻は家を飛び出した。男の仕掛けた罠。
珊瑚珠1982.02 ・・・ 同棲の百合子が持っている古い珊瑚珠の穴を覗く。古い男と女の姿が見える。そのうちに、珠のなかの男と女が動き出す。M.R.ジェイムズ以来の趣向を現代的にアレンジ。ここでは怪異なのは、珠ではなくて、男女の心根。
赤い影絵1982.06 ・・・ 炎の中に赤い影絵、男と女の姿(それも自分の母)が見えるというホステスが相談にのってくれという。マンションの仕事場で、話を聞くことにした。父が死に母が大病になったわけが明らかになっていく。ホステスの欲望が恐ろしいのだよな、自分の素性を探ることは自分の怪物性を見ることになる。
猫のまま死ぬ1981.04 ・・・ 深夜に仕事をしていると友人から秘密クラブでどえらい体験をしたと興奮した電話がはいる。それが二回もあって、三度目に友人がいなくなる。そこで、友人の残した手掛かりで秘密クラブを探ろうとする。話者の現実がしだいに壊れていく。何が確かなのかは小説の中でははっきりしなくなる。それが恐怖。
グラスに落ちた蠅1978.08 ・・・ 酔いどれ探偵・仁礼達也の冒険。酒を飲むととたんに喧嘩をしたくなり、めっぽう強い。人気作詞家の部屋に女がこもったので、連れ出してほしいと頼まれる。さっそく余禄にありついて、女を連れだし、ギャラ受取の現場に随行する。ようやく頭が働いて、自分も筋書きの一部であることがわかる。少し理性的な「闇を喰う男」。現代の「未来警察殺人課」。
新宿の一ドル銀貨1979.01 ・・・ 同じく仁礼達也の冒険。異母の妹が秘密クラブで働いているの、奪還してほしいと姉が依頼してきた。その地の組長の名前を出して、秘密クラブに潜入する。しかし、そこではまるでいやらしいことはなくて、妹らしい人物もいない。そこに対立する組の幹部がいるのを見て、事情がわかる。
ネオン・インベーダー1979.06 ・・・ インベーダーゲーム機が盗まれたので犯人を捕まえてほしいと喫茶店のマスターが依頼してきた(当時、盗難事件が多発)。泊まり込みで見張るはずが酒を飲んで寝てしまい、死体が置き去りに。マスターに後処理を依頼して、死体の元従業員の女を洗うことに。死体は消えるわ、女は偽名で行方不明だわ、2回もぼこぼこにされるわ、とひどい目にあう。でも酒を飲んだらロープを引きちぎるというのは、自称「アルコール・ポパイ」にふさわしい。
六日間の女1979.09 ・・・ 27歳の駆け出しの翻訳家のマンションにスナックで隣り合わせた23歳の女がついてきた。六日間だけいっしょにいて、その後行方不明に。暴力団の男に殺されたという記事がでたり、喫茶店で同じ顔の女をみかけたり。作者にしてはめずらしい男の未練を書いた小説。
不肖の弟子1980.08 ・・・ 内気な男性が隣の女性に恋したがきっかけがつくれない。そこで、恋愛指南の先生に相談にいった。勇気を振り絞ったら、うまい具合に進み、写真もとったのに、翌日からはけんもほろろの扱い。映画にでてきそうな「悪女」の物語。コケティッシュなロマンティック・コメディにでてきそう。
殺されたい人この指とまれ1982.02 ・・・ 今は中年の同級生5人に脅迫状が届く。彼らがなじみにしているスナックのママの写真がついていて、覚えのあるものとあと10日で殺すと書いてある。もちろん脅迫状には手掛かりがなく、5人は脅えて、元検事で推理作家で私立探偵に調査を依頼する。スナックのママは半年ほど前に殺されていたのだった。みんながママを気に入っていて、動機はだれもがもっていそう。そして予告の3日前に新たな脅迫状が届く。2人が町から離れてしまった。そして当日は5人集まって食事をすることになった。さて探偵は間に合うでしょうか。短いおかげで、5人が記号にしか思えず、事件の概要をつかみ損ねた。うまいのは、動機がこちらにあるとみせ変えて、実はあっちが本当の動機だというミスディレクション。こういう仕掛けはうまい。


 同時代を知っているせいか、センセーが書いた風俗が懐かしい。なるほど、アパートは隣りの部屋の声が聞こえるほど薄いものだったし、インベーダーゲームが流行っていたし、スナックや喫茶店は若者がたむろする場所だったし。21世紀の若者より少し大人びた感じがするねえ。そういうところがたぶん、これからの読者には理解しがたい、古いものに見えるのだろうねえ。
 解説の山田宏一が映画のようにこの短編を読んでいて面白かった。彼の見方は「悪女」をみるということ。なるほど、清純そうな女子大生やOLが一皮むけば実は・・・、というのが大半だし、男性の側は「悪女」であることを知ってか知らずか、どうしようもなく彼女の魅力のとりこになって、破滅へまっしぐらか、未練たらしく過去を悔いるか。ときに怪奇もの、オカルト風のものもあるけど、恐いのは超常現象ではなく、そこにかかわる男女の機敏、というか情念。
 それが主題になるのは作者がまだ50代前半だからか。仁礼達也のような過剰なエネルギーを内に秘めて爆発する機械を持っている男がいたり、多くの女は誘いに乗ったり誘ったりしてすぐにベッドになだれ込むくらいの欲望をもっているし。それらの生と性のエネルギーがあちこちで暴走する。そういうのをみて「若いなあ」と思う。