odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

都筑道夫「デスマスク展示会」(光文社文庫)

 昭和の終わりから平成の頭にかけて書かれた短編を集めたもの。1991年に文庫初出。

手のひらの夜1988.秋 ・・・ 見知らぬ女が突然あらわれ、裸体をさらす。そこに恋人が来て、兄からは妻は失踪したと創団がある。恋人によると見知らぬ女は兄嫁だというが、心当たりがない。見知らぬ女の欲望もわからないが、恋人の心理も理解できなくなって、男は混乱する。
還魂記1989春 ・・・   江戸の昔、長屋の職人が飲んでいる最中、飾職人がひっくりかえった。目を覚ますと私はだれ、ここはどこという。思い当たるところを歩かせると、田丸屋なる商家で主が亡くなっていた。おお、ここが私の家、と職人は入っていく。死んだ主が生き返ったと田丸屋は大喜び。中国の故事に「還魂記」があり、それの再来かとなるが、もちろんそのままでは終わらない。
憎しみの花1990.08 ・・・ 恋人の男が会社の金を横領した。少し貸せというのを断ったら、翌日自殺した。男が付き合っていた別の女が憎い。スナックで知り合った中年男に殺しを依頼した。若い女性の一人称のナラティブで、ずいぶんおとなしい。というか、福永武彦あたりの使う文体だ。それが妙にふわふわした、落ち着かない気分にさせて。女性が書くと、こういう文体にはならないと思うので。
携帯電話1990冬 ・・・ 喫茶店で携帯電話を使っている中年男に清水長次郎と名乗るずうずうしい若い男が近づく。そしてあなたの願望通り、奥さんを殺したからギャラを払えといいだした。二人の奇妙な同居生活。まだ携帯電話が珍しかったころ。清水は、片岡直次郎とかものぐさ太郎の末裔だな。
崖下の死体1991.01 ・・・ 離れを借りて長期逗留している作家。その家の崖下の家で、お爺さんとお婆さんとお嫁さんが殺される事件が起きた。離れの大家の娘(高校生)はこの事件に興味を持って、作家に情報を提供しては、作家にうっとうしがられている。崖下の家の家出した息子が帰ってきて、事件は急展開。事件が起きて解決するけど、作家は探偵や警察のように事件を捜査しない。そのぶん、作家(と高校生の娘)の想像のうちの家族が膨れていき、怖さをましていく。高校生の娘の単純ではあるが、複雑な行動でわけのわからないことになる描写がみごと。
お年玉殺人事件1989.01 ・・・ メゾン多摩由良の警備室で、だれにも知られずに入室した男が毒殺されていた。犯人はすぐにわかったものの、ゆすりの黒幕がいるらしい。スナック「アラン・ポオ」の常連でみただけでわかるというのだが、いったい誰でしょう。普段は「亜蘭房」と書いているのがミスディレクション。コーコシリーズの番外編かな。初出は最後から二番目の長編の出た年。
雑談小説こねこのこのこねこ1990.03 ・・・ 猫の雑談をしながら、猫を書いた小説を紹介し、自作の中断したものを紹介し(書けなくなった理由が、野良猫は顔を洗うかどうかわからないから、というのがふるっている)、でも小説にまとめようとして、「ふしぎな」な終わり方になっている。もちろん漱石夢十夜」の仕掛けをいただいたのだ。
たわけた神1987.01 ・・・ 「泥棒の神様」があるので調べてもらえないか、自分はいけないので妹を案内につけるという依頼があった。その神様は泥棒を守るようであり、不妊の女性を懐妊する力も持っているという。若い住職の話を聞いていると、妹が住職を指弾した。8年前の出来事が蘇り、二人の言い分のどちらが正しいのかわからないままであるが、姉妹の念じる力の強さが身に沁み、そういうときに男はうろたえるものだと頭をかく仕儀に至る。
幽霊塔1987.05  ・・・ タイトルは黒岩涙香から。本編にもでてくる。田舎の旅館を経営する兄妹。兄が失踪した、たぶんフィアンセの住んでいた時計塔のある西洋館にいる、という。二人で調べに行くと廃墟のような時計塔で奇怪な出来事が。幽霊塔のクライマックスの探索シーンから、ポオ「アッシャー家の崩壊」(たくさんの馬が疾走するのは別の短編だろうがタイトルがわからない)になるのが見事な描写。兄妹の関係はゴシック・ロマンスによくあるな。二人の主張が食い違い、どちらが正しいのか不明なのも不安をあおる。男の自分としては、兄のロマンティックな説明に共感するのだが。
 「たわけた神」と「幽霊塔」は雪崩連太郎シリーズの番外編。


 この短編集は、より探偵小説に近いものが集めているので、「ふしぎ」感覚はそれほど強くない。「お年玉殺人事件」は純然たる探偵小説だし(ただ、読者向けの謎が殺人の犯人あてではなく、ゆすりの黒幕あてというのがおかしい。読者の欲望をずらしている。もういけずな作家)。最後の雪崩連太郎シリーズでは、超常現象が起きているけど、主人公・雪崩の意識は道理的で整合性をもっていて、彼の視点にたっていれば読者が浮遊感覚を持つことはない。なにか不思議な出来事があって、合理的で再現可能な説明はできないけど、まあそのときかぎりのことだし、そのままにしておいていいや(読者は日常生活にもどろう)と得心できるわけで。その他のでも、そういう心理の防御機構がきくような書き方をしているので、もやもやした不安感はさほどない。
 それは作家の希望した読後の感想かどうかはしらないが、ほかの「ふしぎ」小説短編集よりも安心して読めるね。
 それにしても1990年前後には短編を量産していたのだなあ。手を抜いた後がみられないというのがすごい。