odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

都筑道夫「狼は月に吠えるか」(文春文庫)

 1979年単行本、1987年文庫化。個々の短編の発表年と初出誌は記載なし。

狼は月に吠えるか ・・・ 身の周りの女性が次々と殺されていく。その夜はぐっすり寝ているはずなのに。自分は狼男ではないかという疑いが消えない。イタリアに旅行にいったときロマの女性に咬みつかれたのだ。その疑いを兄や友人に訴えるが、酒でまぎらわすしかない。不能の可能性があるというので、兄が女を世話してくれた。ミステリアスな話なのに、現実的な解決をしているのがちょっと。この落ちでは、なぜ「私」が殺人現場の様子を知っていたかの説明ができない。でも、この設定は作家には面白かったらしく、あとで「闇を喰う男」に踏襲される。

鬼火いろのドレス ・・・ 鬼火いろのドレス(青白く燐光を発しているのだって)の女がつけてくる、と町中で大声を出されたので、大急ぎで角に連れて行き話を聞くと、どうも自殺した自分の姉らしい。でもその若い男は姉とも自分ともかかわりをもたないので、いっしょに調査することにした。そして姉の付き合っていた男を見つけることができて。

髑髏のペンダント ・・・ 奇妙な殺人事件が起きている。髑髏のペンダントをした女に誘われた男がそのあと、意識を失って、殺人を犯しているのだ。専従になった刑事は囮になることを願い出て、首尾よく女と出会うことができた。なるほど、これはのちに連作になるバイオレンス・ホラーの女性版。かつ連作の最後の作にあたる。こういう話を先に書いていたから、あっちは中断されたわけだ。

人魚の燭台 ・・・ なじみの骨董店で人魚の燭台が飾ってあった。気になっていたが誰かに買われたが、すぐに戻ってきた。手に入れようとすると、元の持ち主の恋人が買ってしまう。もう一度行くと今度は売りに出そうとしている。押し問答に割って入り、洋画家の「私」が買うことにした。恋人がいうような幽霊はでなかったのだが。期待していた落ちがすかされて別のところに落ちていった。物に憑く神様がいない分、現代ではこちらの落ちのほうが怖いかな。

池袋の女 ・・・ 若いころに暴行を受けてsex恐怖症になった女がラブホテルで試してみると、ベッドが宙を飛ぶわ、シーツが人に巻きつくわ、とポルターガイスト騒ぎ。マスコミが科学者と一緒に実験を開始。まるで筒井康隆「郵性省」「フラストレーション」「マス・コミュニケーション」みたいなドタバタ小説。センセーの書いたものではとても珍しい。

古川私立探偵事務所 ・・・ 夫の浮気調査を頼んだのは、裏町にある古い建物にいる老人の探偵事務所。奇妙なのは、捜査方法が水晶玉を使うこと。今晩は夫の浮気をこれで見せるというので、夫人は水晶玉を覗く。そのうちにどうしても浮気現場に立ち入りたくなって。ここでも期待していた落ちではないところに着地。とても皮肉で、しかしモダンで星新一ショートショートみたい。

スープが冷める ・・・ スープが覚めない距離に一人暮らしの親父の様子がおかしい。家に行くと、死んだはずの父がいなくなっている。友人のところを巡り歩き、その速度はどんな乗り物より早い。そのうえ、ホステスをひっかけて結婚すると言い出した。父よ、あなたは死んでいるのですと説得したのだが。なんともユーモラスで人を食った物語。死体が歩くのは落語にあったねえ。あんな感じ。

侵入者 ・・・ 妻に死なれて落ち込んでいた男がようやく女を部屋に迎えることができた。そこに突然テレビ局のディレクターと子供を背負った女がはいってきて、あたしと寄りをもどせ、いままでどこに隠れていたとわめきだした。すると婚約するつもりの女は怒ってでていってしまう。誤解を解くために、内気な男が奔走するはめになり。ユーモラス、その一方で女の怖さで背筋がぞくぞくする。まあパターナリズムの世界で「弱い」立場の女はこうしたものなのかねえ。

殺人ゲーム ・・・ 級友の晴子にであった安彦はそのまま誘われ、晴子の夫の汐見の家で寝てしまった。晴子は汐見が死ねばよいといい、ヴードゥー教の魔人形を作る。数日して、汐見の死んだという連絡が入り、晴子と検証の現場に行くことにした。ここでもユーモラス、そして女の怖さ。小道具の魔人形が自分の年齢には懐かしかった。

事後従犯 ・・・ 新婚初日の娘から電話がかかり、あの人を殺してしまったという。動転しながらも「私」はすぐにそこに行くからと仕事を中断して飛び出した。殺されていたのは新郎ではなく、娘の実母(離婚して親権を「私」が引き継いだ)だった。事後従犯になるなと思いながら、娘の痕跡を消す。そして娘の姿を追って、山麓里山に入っていく。待っていたのは。


 ああ、なんてうまいんだ。切れ味のよいストーリー、読者を仰天させる落ち、巧みな人物描写、感情移入させ小説の中に入ったら抜け出せなくなる文章。どれをとっても一級品。エンターテイメントの小説の手本のようなものばかり。中身は多彩で、古典的な恐怖小説から「奇妙な味」に、ユーモア小説に、SFに、ドタバタにと、何でも描けるのがすごい。
 上のサマリーではこの国の小説家を思い出すようにしたが。むしろフレドリック・ブラウンやヘンリー・スレッサーのような洒脱で軽妙で多彩なアメリカの作家の趣味ににていると思った。いずれも一時間くらいのテレビドラマにすると、ぴったり収まる。具体的な描写は映像を作りやすいし、少ない人数ですむのだからね。ただ時代が悪くて、1970年代には「ヒッチコック劇場」「トワイライト・ゾーン」のような毎回異なる登場人物が出てくるドラマは無理だったということか。それに監督や監修に名を連ねているだけで視聴率の取れる関係者もいなかったし。「都筑道夫」劇場という一時間のドラマシリーズはたぶんないし、今後も難しい。なにしろその時代の風俗をきちんと書いているので、風俗が古びると、小説も古びたものに見えてしまう。たんに携帯電話がない、ネットがないだけではなくて、独身男のサラリーマンが女を自室に誘うのにどれくらい苦労するのかとか、裸や性交を見せるには高い高い壁(心理的な)を乗り越えないとならなかったたとか。そういう当時のモラルなどが共有できるかどうかは重要。
 あとは、作者50代の作品で、小説が若々しいこと。人物は活動的で好色で酒好きで遊ぶのが好きで。1980年代になると、登場人物がふけてくるのと、諦念や感傷が表に出てきて、ここにあるような乾いた笑いが抑えられてしまう。